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一般財団法人 日本文化興隆財団

皇室とは

「皇室」とは何か

皇室とは、一口に言えば、「天皇を中心とするひとつの家」です。
現在は天皇と皇族から成っています。ここで注意していただきたいのは、皇族には天皇が含まれていないことです。天皇はただ一人別格のご存在なのです。
皇族は太皇太后、皇太后、皇后、皇太子、皇太子妃、親王、親王妃、内親王、王、王妃、女王から構成されており、皇太后とは先帝の皇后を、太皇太后とは先々帝以前の皇后をいいます。現在の皇族は、合わせて21方です。

御称号と宮号

よく知られているように、皇族には姓がありません。署名なさるときは、お名前だけを書かれます。
ただし、実際には「○宮さま」と呼ばれることが多いのですが、この呼称には2種類あります。ひとつは愛子内親王殿下の「敬宮」という御称号です。この御称号は、いまは皇子、皇女と皇太子のお子様にだけつけることになっており、秋篠宮家の眞子内親王殿下、佳子内親王殿下には御称号はありません。
もうひとつは「秋篠宮」「常陸宮」という宮号です。
これは皇族が結婚されるときに天皇から下賜されるもので、御称号とは性格が異なるものなのです(宜仁親王殿下は独身ですが、40歳を前に桂宮号を受けられました)。
職業について言えば、一般国民と違って皇族には職業選択の自由はなく、勤務されるのは公益を目的とする非営利団体に限られていますし、天皇のご許可が必要です。
その場合でも、ご公務優先のため、一般同様にお勤めすることはできません。
天皇と皇族はご自分の持ち家をお持ちになりません。戦後、皇室財産が国有化されたことにより、宮内庁が管理する国の施設に住まわれることになりました。
婚姻についても、皇族男子の場合は皇室会議(皇室の重要事項を審議する最高機関・皇室典範第5章)にかけられることになっています。皇族女子の場合は、婚姻は自由ですが、一時金支給のための皇室経済会議(皇室経済について国会の場とは別に皇室経済会議という意思決定機関があり、総理大臣、財務大臣、衆・参両院の正副議長、宮内庁長官、会計検査院長の8人の議員からなる)が開かれます。女子は一般国民と婚姻すると皇族を離れることになり、昭和天皇の内親王方や三笠宮家の内親王方、近くは清子内親王殿下がご結婚により、皇族の身分をお離れになりました。

戦後、皇籍を離れられた宮家

現在の宮家は秋篠宮家、常陸宮家、三笠宮家、三笠宮寛仁親王家、桂宮家、高円宮家の6宮家ですが、戦前は14の宮家がありました。が、敗戦後の昭和22年、GHQの指令により、皇室財産が国有化されました。
多くの宮家の維持が困難となり、昭和天皇の弟である秩父宮、高松宮、三笠宮を除く11宮家51人の皇族が、いっせいに皇籍を離れて臣籍に降下されることになりました。
その宮家とは、閑院宮(かんいんのみや)、東伏見宮(ひがしふしみのみや)、伏見宮(ふしみのみや)、山階宮(やましなのみや)、賀陽宮(かやのみや)、久邇宮(くにのみや)、梨本宮(なしもとのみや)、朝香宮(あさかのみや)、東久邇宮、北白川宮、竹田宮です。
そもそも「宮家」とはどういったご存在なのでしょうか。

「宮家」とは何か

江戸時代は伏見宮、桂宮、有栖川宮、閑院宮の四つの世襲親王家があり、それぞれの当主が天皇と養子縁組をして猶子(ゆうし)となり、親王宣下(せんげ)を受けて親王になるのが通例となっていました。親王宣下とは、皇兄弟・皇子女・皇孫などに、親王の称号を許す宣旨(せんじ)を下すことで、世襲親王家とは、代々親王宣下を受けて親王を出すことができる宮家のことです。
つまり、世襲親王家とは、皇統の存続が危ぶまれる際に皇位を継がれるよう準備された家と言うことができるでしょう。
事実、第118代後桃園天皇で系統が途絶えたときには、閑院宮家から出られた光格天皇が皇位を継承されています。世襲親王家は、鎌倉時代、亀山天皇の皇子恒明親王を初代として成立し、その後室町時代まで6代にわたって続いた常磐井宮(ときわいのみや)がはじまりとされています。
幕末になると、これらの世襲親王家に加えて、僧籍にあった伏見宮邦家親王の第一子、晃親王と、第四子、朝彦親王が還俗し、国事に参与すべく、それぞれ、山階宮、中川宮(のちの久邇宮)を創立しました。さらに明治維新後、皇統維持をより安定させるために、華頂宮(かちょうのみや)、梨本宮、北白川宮、小松宮などの新しい宮家が創立されます。また、明治22年、皇室典範の制定により皇位継承が男子に限られ、皇室の血統を守る必要性が強まったため、賀陽宮、東久邇宮、朝香宮、竹田宮、東伏見宮などが設立されました。
これらの宮家のうち、竹田宮、北白川宮、朝香宮、東久邇宮の妃は明治天皇の皇女です。大正に入ると、昭和天皇の弟である秩父宮、高松宮、三笠宮の3直宮家が設立されましたが、一方では嫡子が生まれなかったため、桂宮(現在の桂宮家とは異なる)、小松宮、有栖川宮、華頂宮の各宮家が断絶しています。
先述した昭和22年の臣籍降下によって、11宮家はそれぞれの宮号をそのまま姓とし、国民の籍に入られました。
このとき、戦前は「皇族親睦会」と呼ばれていた皇族および旧皇族による組織が「菊栄親睦会」と改称され、11宮家51人がそのままメンバーとなっています。今も、その子孫や結婚によって皇籍を離れた元内親王、結婚して皇族妃となられた方がこの菊栄親睦会の会員、その家族、親族が準会員となり、皇室と最も近い親戚筋として交流を持ちながら、皇室を支える役割を担っています。

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