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9 藤脇さんの龍笛哲学笛は製作時に完成されていなければならない
藤脇さんのところには新管製作だけではなく、全国から修理の依頼も多く寄せられます。これまでに修理した笛は数百管にのぼるとか。大名家に伝わってきた笛や美術館に所蔵されるような笛、楽家(雅楽を家業とし、朝廷などに仕えてきた家)に伝わる笛の修理を手がけたことも少なくありません。
「笛は『鳴らなければ意味がない』の世界。いくら姿かたちが美しく、伝統工芸品として見事でも、楽器として鳴らなければ意味がないと思うんですよね。昔の名工とされる方が作った笛もたくさん修理してきましたけど、名前のある人が作ったからいい笛とは限りません」
昔の笛が鳴らなくなるというのは、経年による劣化の結果なのでしょうか。
「龍笛の響きは管の内部の状態で決まります。特に重要なのは、各指孔までの内径です。だから経年によって竹が割れるとか内部に塗った漆が剝げるとか、内部に変化を及ぼすような変化がない限り鳴りは変わりません」

龍笛の響きは内径によって決まる――そのため笛の修理は、各指孔までの内径を整えることが主な作業になります。
笛は作られた時点で完成された楽器でなければならないと藤脇さんは言います。鳴る楽器は最初から鳴るし、鳴らない笛は最初から鳴らない。吹いているうちに鳴るようになるということも原理的にあり得ない。
「ただ笛がいい響きになってきたと感じることは確かにあります。それは笛が勝手に鳴るようになったのではなく、その笛に自分の口が合ってきたとか、自分の演奏技術が向上したという理由があるわけです」
その日の口の状態でも音は変わってきます。同じ人が同じ笛を吹いても、いい響きで吹ける時とそうでない時があるそうです。
18年間で身に着けた知識を、笛製作者の社会的役割として後世に残す
藤脇さんが龍笛を作るようになって約18年になりますが、技術はほぼ独学で身に着けてきました。しかし、その背後に千年もの歴史の後ろ楯がある事はもちろんです。
「駆け出しの頃、千葉の名工の方に会いに行きました。特に教えを請いに行ったわけではないのですが、『具体的な作り方は教えられないけど、音の鳴る原理はこうだよ、目指すべき響きはこれだよ』って教えてくれたんです。作り方を教えてくれなかったのは、決して意地悪ではありません。教えたくても教えられるようなものではないから、自分で試行錯誤しながらやっていって身に着けていくしかないという理由でした。実際、僕も自分でいろいろ試していくうちに笛の原理と理想の響きがだんだんわかってきたんです」
現在、藤脇さんはこの18年間で自分が知りえたことを書面に残そうとしています。龍笛製作には教科書があるわけでもないので、書面にすることで後世に残そうとしているのです。
「空き時間に少しずつ書いています。僕が笛を作っているのはいい演奏のためなので、僕の笛で奏者が喜んでくれるならそれだけで嬉しいと思っています。ただその一方で僕には、人は社会的役割を果たさなくてはいけないという考えがあって、僕は笛製作者として、僕の知りえた技術を残すことで貢献したいと思っているんです」

藤脇さんが笛を作りだした頃は、今の藤脇さんのような存在はいませんでした。誰もが自由に利用できるノウハウを公開している人はおらず、先輩から後輩へと口伝で伝えられるものでしかありませんでした。上の人からの「自分が言っているんだからこれでいいんだ」「言われたことをそのままやっておけばいい」といいような雰囲気もあったそうです。
「僕はそういう世界が本当に嫌いで(笑)。反骨精神というわけではなく、ただ真理を見極めたいという気持ちだったんですが、上の人からは「言うこと聞かないやつ」というレッテルをはられていました。最初は言われるままに作っていましたが、それに対してだんだん疑問に思うようになって、さっき話した千葉の名工の方に会いに行ったんです」
(次回:9月24日掲載予定 取材・文/岡田尚子)