読みもの

ニッポン超絶技巧――職人さん探訪

第1回 桐箪笥の匠――最終回
令和7年9月18日
8 次世代へ技を繋ぎたい

忘れられない大型注文
 これまでに数えきれないほどの桐箪笥を制作してきた横溝さんですが、忘れられない注文というのはあるのでしょうか。すると、すぐに答えが返ってきました!
「残念ながら100%満足という出来栄えの箪笥はまだ作れていないのですが、印象に残っている注文はあります。4~5年前ですが、非常に大きなサイズの組箪笥を頼まれました。各箪笥の間口が106センチ、高さ3m、それを横に4本並べるという注文でした。通常は間口106センチ、高さ175センチほどですから、いかに大きいかおわかりいただけると思います。一人ではとても作れないので、高さを3段に分け、うちの職人さんたちにも手伝ってもらって重ね、建付けを調整しました」
 このお客様は台湾の方で、初めは台湾ヒノキで同じサイズの組箪笥を作ってお使いになっていましたが、日本の桐箪笥の存在を知り、デパートを通じ問屋さん経由で注文して来たそうです。
「納品には行かなかったのですが、ちゃんと部屋に収まるかどうか不安で不安で……。あとでちゃんと収まった写真をみせてもらって安心しました」
 その写真を見せてもらいましたが、思わず「大きい!」と声がでるほどの迫力でした。ちなみにこのお客様は、桐箪笥を気に入ってくれたようで、そこから立て続けに同じサイズの組箪笥をもう2セット、さらには階段箪笥も注文してくれたそうです。

巨大な組箪笥。これは注文された4棹のうちの2棹分(横溝さん提供写真)


「使用後の感想をうかがえる機会はめったにないんです。だからこのお客様が続けて注文してくださったときは、気に入ってもらえたとわかって本当にうれしく思いました。いつかは使う日が来るかもと思って、それなりの材料を揃えておいてよかったと思いましたし、手許にあるなかで最高のものばかりを使って作りました。仲間の職人がいてくれたのも心強かったですね」
 ただでさえ柔和な横溝さんのお顔が本当にうれしそうにほころび、職人冥利に尽きる注文だったことが伝わってきました。

桐箪笥の未来
 ただ、桐箪笥の先行きを思うと、横溝さんの心配は絶えることがありません。
 かつては婚礼道具として欠かせない桐箪笥でしたが、戦後の暮らしの洋風化にともなって需要は激減してしまいました。
「私自身は、桐箪笥はこれまで通りのものが最良だと思っていますが、残念ながらそういった品は売れません。だから今は背の低い整理ダンスや、洋風のリビング・ルームに置いても違和感のないクローゼットのようなスタイルの箪笥に活路を見出したいと思っています」
 横溝タンス店も所属している春日部桐たんす組合として開発中なのは、ハンドバッグ入れだそうです。間口90センチ、高さ40センチで、電子レンジのように手前に扉が90度の角度まで開く仕組みです。最近は100万円以上するような高級ハンドバッグが売れているとのことで、そういう高級なハンドバッグ入れに使ってもらおうというわけです。革製品は湿気に弱いので、桐の箱なら安心です。
「場合によっては2段、3段と重ねて使っていただければと思っています(笑)」


オイル仕上げの桐のハンドバッグ入れ。前面の扉を手前に引いて開ける(2枚とも横溝さん提供写真)


 2人の息子さんは違う仕事をなさっているとのことで、横溝さんは後継者の育成にも取り組んでいます。
「何も手段を講じないと、桐箪笥はなくなってしまっても不思議ではありません。だからこれから自分が果たすべき使命は、自分が身に着けた技能を次の世代に繋げることだと思っています」
 そこで横溝さんの所属している春日部桐たんす組合は、平成27年から経済産業省、埼玉県、春日部市の補助を受けて桐箪笥学校(春日部桐箪笥技術後継者育成講座)を開設しました。埼玉県民なら誰でも参加できる講習会で、横溝タンス店にもこの教室出身の職人さんが2人働いています。さきほど着色の作業をしていた井出さんは第1期生です。
「私の技能をちゃんと伝えるには最低でも3年、できれば5年ほしい。こういう仕事は言葉や文章だけでは伝えきれません。やって見せて、教えなければ伝わらないものがある。その体力があるうちに後継者の目途をつけたいんです。さっきの井出さんは着色のセンスがあるので着色の担当、もう一人の職人は修理の担当です。だから木を見極めて、木地を最初から最後まで作れる人を育てたい。たった一人でいいので、これだけはやり遂げたといと考えています」

 桐箪笥は産業の最後に位置している製品です。最終工程のものが衰退し、なくなってしまうと、その前に位置している産業や技能も途絶えてしまいます。すでに桐を専門に扱う桐材屋がなくなり、桐箪笥作りには欠かせないカンナを作る人もほとんどいなくなってしまいました。金具を作る職人さんも高齢化し、数えるほどしかいません。
 ここ数十年の間にどれほど私たち日本人の暮らしが変わってしまったのか、改めて慄然とさせられます。桐箪笥は日本でしか作られていないので、産業が途絶えてしまうと、技能全体がこの地球上から消えてしまいます。
「この先どうなるかはわかりません。でも何か活動していけば、反応してくれる人が出てきてくれるかもしれません。実際に何人かが職人になってくれましたからね。そう思って、これからも春日部の仲間と共に粘り強く活動していきます」
 美しい日本の桐箪笥がこの先も作られ続ける未来であってほしい。そう願いたくなる取材でした。
 (完 取材・文/岡田尚子)

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