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ニッポン超絶技巧――職人さん探訪

第1回 桐箪笥の匠――その6
令和7年8月27日
5 組み立て

ぴったり嵌まる「蟻組」(ありぐみ)
  加工作業は本体の「組み手加工」から始まります。
「板と板の接合部の組み手を加工します。いわゆる『蟻組』ですね。ぴったり合うように削っていきますが、細かい作業なので熟練の技が要求されます」
 蟻組は板同士を直角に接合するときに用いる技法で、日本の伝統的な組手の技法のひとつです。「蟻寄せ」「蟻ほぞ組」「蟻組み接ぎ」などとも呼ばれるようです。2枚の板に連続して凹凸の切込みを入れ、嵌め込むのです。

抽斗の蟻組


 本体の組み立てが終わると、抽斗を作ります。抽斗は少し大きめに作り、そこからカンナで削って少しずつ調整していきます。桐箪笥の気密性の高さは、桐という素材に加え、この作り方にもあるわけですね。引き出しにくいわけでもないし、閉めにくいわけでもないのに気密性が高い。精緻な手作業が「ぴったり感」を生んでいるわけです。

抽斗は大きめに作って少しずつ調整していく(横溝さん提供写真)


「一般的な箪笥は、本体と抽斗を図面に合わせて同時並行で作ります。本体は本体、抽斗は抽斗でまとめて作って、あとで合体させるイメージですね。だから本体と抽斗のぴったり感もそこまでではない。桐箪笥は一棹ごとに木の特質を見極めながら作るので手間のかかりようが違うと思います」
 抽斗も蟻組で組み立てます。横溝さんが抽斗の蟻組の部分を見せてくれました。抽斗の前板と側板が直角に接合された部分です。凹凸部分が互いにぴったり嵌っているのがわかります。聞けば、この蟻組は見た目が美しいだけでなく、接合力も高いそうです。

桐箪笥の意外な構造とは
 釘を使って組み立てる場所もあります。たとえば抽斗の先板と側板の接合部分など、見られることがほとんどない場所に使われます。しかし使うのは鉄くぎではなく、木釘です。

抽斗に使われた木釘

3種類の木釘


「最初にドリルで少し穴を開けてから打っていきます。桐よりも硬い木で作られているので、ぐんぐん入っていきます。桐箪笥は出来上がってからもカンナをかけるので木釘でないとダメなんです」
 昔はご自分で木を削って作っていたそうですが、現在はやはり桐箪笥の産地である新潟県の加茂で作られており、そこから購入しているとのこと。サイズは長さと太さが異なる3種類。一度あぶって水分を飛ばしてから、場所に応じて使い分けます。
 と、ここで横溝さんがまた桐箪笥の意外な構造を教えてくれました。
「この抽斗の構造を見てください。真ん中に違う板が使われているのがわかりますか? 実は桐箪笥は分厚い後ろ板(芯材)と、きれいな前板でできています」
 確かに抽斗を見てみると、中心部分だけ色が違います。薄い板で分厚い板を挟んでいる3層構造になっています。
「前板は抽斗の外側だけではなく、内側にも貼られています。芯材を木工用ボンドで接着した2枚の前板で挟むという構造ですね。前板には、さきほど目直しをして板接ぎをした柾板を使います。後ろ板は普通の材料です。前板の柾板の厚みは各4.5ミリ、後ろ板の厚みは21ミリです。蟻組に加工するのは芯材の部分です」
 この3層構造は抽斗だけではありません。本体も同じ構造になっているそうです。説明をお聞きするまで、桐箪笥は1枚の分厚い板でできているのだとばかり思っていました。なんという手間のかけようでしょうか。

桐箪笥の扉。3層構造になっている


カンナをかけるのが難しい
 本体を組み立てて仕上げ、抽斗を作って本体に仕込み、形のできあがった桐箪笥は最後に丁寧にカンナをかけられます。途中の工程でもカンナをかけますが、完成後にもカンナをかけるのが桐箪笥の特徴だそうです。この一手間があるので、桐箪笥はスベスベしているというわけですね。
「この後、桐箪笥は着色されるのですが、カンナをかけているからこそ着色もきれいに仕上がるし、いい色が出るんです」
 横溝さんは「カンナを使うのが一番難しい」と話します。
「ただ削っているように見えるかもしれませんが、奥が深い作業です。木にも個性があるので、同じように削ってもささくれてしまうこともあるので、これまでの経験を総動員して木の個性を慎重に見極めながら削っていきます。最初の頃はなかなかうまく使えなくて、出来上がった桐箪笥を着色する職人に持っていったら『あれ、いつもと違う人が作った?』と言われましてね。27、28歳の頃ですが、『あー、まだまだだなあ』と思いました。忘れられない思い出です」
 木取りから初めてこのカンナかけまでで約半月くらいかかるそうです。
横溝さんが担当するのはここまでです。横溝さんのように木地作りを担当する人を「木地師」(きじし)と呼ぶそうです。
「この後、着色の工程に入るのですが、その前に少し木地を寝かせる必要があります。寝かせている間に板が少し『動く』ので、それをまたカンナで微調整し、板が完全に落ち着いたら着色の工程に移ります」
(次回:9月3日掲載予定 取材・文/岡田尚子)

その5(前回) https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100643
その4 https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100642
その3 https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100641
その2 https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100635
その1 https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100639
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