読みもの

第13回「えしれん」熊本弁
前回、「見栄えがいい、格好いい、素晴らしい」との意味を持つ方言「むしゃんよか」を紹介した。それは「武者ぶりがいい」との意味から転用された言葉だった。そこで今回は、この「格好いい」に関連する熊本弁を紹介したい。
「しこる」という言葉がわかるだろうか? これは、例えば、急に色気づいてきた少年などによく言う言葉である。「なんか最近、しこっとっね」。つまり「なんだか最近、急におしゃれして恰好つけてるなー」とからかいも含めて言う言葉で、女性に対してはあまり使わないと筆者は思う。
おそらく「色」の「しき」から来た言葉だろう。その「しこり方」があまりにも変な場合には、「えしれん、格好ばしとる」と陰で噂されることとなる。
「えしれん」とは「知ることを得ず」つまり「分からない」という意味だ。それをさらに転用して「不気味だ」といった意味でも使われる。用法としては「えしれん感じで、気色の悪かったっとよ!」(不気味な雰囲気で、気持ちが悪かったんだ)といった感じである。
「分からない」の意味では「むつかしい」という単語も多く代用される。だが、その使い方はかなり微妙だ。
例えば「むつかしい格好ばしとる」は決して「コーディネートが難しい」服装や、「着るのが大変な」ものではなく、そのセンスや意味が分からない格好なのである。また、「むつかしい事ば言いよる」は「難解な表現」ではなく「なんともよく分からないことを言う」の意味だ。
また、「かんなし」という言葉がある。これは「感なし」で、「感覚がない」の意味で使われる。従って、寒い冬なのに靴下も履かないでいると「あん人はかんなしばい!」(あの人には感覚がない)と言われてしまう。それが高じて「加減を知らない」「無鉄砲」の意味でも使われる。
見栄えの言葉からはズレてしまうが「腹かく」という方言もある。これは、腹が痒くてかくのではない。「怒る」意味だ。「はらかく」ではなく「はーかく」と発音する。
さて、これらの言葉を使って、ある人の噂話をしてみよう。
「めずらしかことに、あん人が、たいぎゃしこって来なはったてたい」(珍しいことに、あの人が、大層、おしゃれして来られたんだって)
「ばってん、やっぱかんなしで、むつかしい、えしれんものになっとったてたい」(ところが、やっぱり加減を知らないから、よく分からない不気味なものになってたらしい)
「それで、そんこつば言うたら、たいぎゃ、はーかかしたて」(それで、そのことを指摘したら、大層、怒ったんだって)
文/伊豆野 誠
前回はこちら https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100746