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土を鏝に乗せるだけでも難しい長谷さんは「生まれつき起用で手際が良くて、とんとん拍子に来た人はあまり伸びないんですよね」とも話してくれました。
「そういう人がミスするときは、取り返しのつかない大きなミスをすることが多いんです。それよりも普段から小さなミスをたくさんして、ちょっとずつ覚えていくタイプの人の方が伸びますね。手際のいい人はなんでも早くできるようになるんですけど、そのうち性格が変わっちゃうというか、ひたむきじゃなくなるんです。それに失敗を乗り越えてきた経験が少ないから、考えたり練習したりする態度が身に付かないので、結果としてあまり多くを望まなくなるんですね。で、不器用だけど地道に努力してきた人に負けちゃんです」
手際のいい人は、自分の置かれた状況がわかってくると、次第に長谷さんに近寄ってこなくなるそうです。

長谷さんの言葉に頷いていると、長谷さんが私に「せっかくだから扉をちょっと塗ってみますか?」と声をかけてくれました。昔は住宅を手がけた際、記念として施主さんに屋根下などを塗ってもらうようなことが行われていたそうです。
「お子さんなんかは喜んで塗ってましたね」
長谷さんが鏝板(こていた)に土を乗せてちょっと練って、渡してくれました。思ったより重いです!
「鏝をこう持って、向こう側に掬い上げるにして土を乗せるんです」

柄(え)を軽く握り、親指は柄に添えて、言われたとおりに向こうに掬い上げてみました。しかし、うまく乗りません。
「初めてだと乗せるだけでも大変だと思いますよ」
何度かやってみて、なんとか塗れるだけの土を乗せることができたので、教えられたように下から上に押し当てるようにして扉に土を塗りました。が、扉に押し当てる前にかなりの土が下にぼとぼとと落ちてしまいました。せっかく練った材料なのにもったいない……。長谷さんは「これは拾えば使えるので大丈夫ですよ」と言ってくれましたが、思った以上に難しい作業で、再び長谷さんの手際のよい作業を見せてもらいながら話をうかがうことにしました。

今は「技は黙って見て盗め」の時代ではない
そこへあじま左官工芸の後輩、左官になって4年目の今井さんが通りかかり、長谷さんの仕事ぶりをじっと見ています。少しお話をうかがいました。
今井さんはどうして左官になりたいと思ったのでしょうか?
「いや、馬鹿な理由なんですけど。かっこいいからです」
どういうところがかっこいいのでしょうか?
「寺社などの日本の建物が好きで、よく大工さんや職人さんのビデオを見てたんですけど、その中で左官の仕事が一番かっこいいと思ったんです。特にやっぱりこうやって鏝を使って塗る姿が。で、寺社建築を多く手がけているあじまに入りました」
4年目だと、もう鏝を使って塗る作業を任されているのでしょうか?
「たまに塗らせてもらっていますけど、まだ材料を練るのがメインで、今、親方(長谷さん)が扉を塗っている土も僕が練りました」
長谷さんが塗っているのをじっと見ていましたね。
「自分とは手数とか精度とか、何から何まで違うなあと思って見ていました。手数が少ないのにきれいに塗っていて…」

ここで長谷さんが「見るという作業は本当に大事です。若手にしてみたら、見るのが仕事みたいなものなんです。それに材料を練るのだって、現場でこっちの注文通りに練れる人もそんなにいない。僕は材料については、今井にすべてまかせているんです」と会話に加わると、今井さんが「しっかり教えてもらったので」
長谷さんによると、長谷さんの若い頃は「技は黙って見て盗め」という時代だったそうです。職人のイメージそのものです。でも、左官の現場が減った今、若い人は技術を盗めるだけのたくさんの仕事に触れられません。
「だから若い人にはきちんと教える必要がある。いかに適切な言葉で教えるか――これが若手のその後の技量の伸びを左右すると思っています」
年の差が約30歳という2人ですが、いい関係を築いているんだなあと思いました。
(次回:3月4日掲載予定 取材・文/岡田尚子)
その5(前回)https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100780
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