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伊勢の名刹 専修寺 -寺宝からみる公家文化
令和8年5月28日
これまで存在すら知られていなかった品ばかり
 東京・目白の学習院大学キャンパスにある霞会館記念学習ミュージアムで、ユニークな展覧会が6月13日まで開催されています。



 伊勢の専修寺(せんじゅじ)に伝わる公家文化を紹介する展覧会です。展示されているのはわずか22点ですが、2点をのぞき、これまでその存在すら世に知られていなかった品ばかりが並べられているのです。
 三重県津市の真宗高田派本山専修寺(せんじゅじ)は、親鸞(しんらん)の教えを受け継ぐ真宗寺院。全国約600か寺にのぼる真宗高田派の中心寺院でもあります。
 創建は鎌倉時代に遡り、宮廷や大名の庇護を受けて発展。室町時代の常盤井宮家(ときわいのみやけ)の入寺に始まり、和歌と蹴鞠(けまり)を家学とする飛鳥井家(あすかいけ)、近世以降は伏見宮家や有栖川宮家(ありすがわのみやけ)など宮家から住持(じゅうじ)が輩出され、皇族や公家の子弟が住持を務める門跡寺院としての格式を誇ってきました。



 その敷地は3万坪に達し、史跡指定の境内には、いずれも国宝の如来堂、御影堂(みえいどう)をはじめ多くの貴重な建造物が立ち並んでいます。また、親鸞自筆の「西方指南抄」(さいほうしなんしょう/国宝)や「三帖和讃」(さんじょうわさん/国宝)、同じく親鸞自筆の「御消息」(手紙のこと/重要文化財)など、多くの法宝物を有しています。
 如来堂や御影堂など、平成以降に国宝や重要文化財に指定されたものも多いのですが、仏教や親鸞に関するものの調査はほぼ昭和時代までに調査は終了しており、多数の文化財を受け継ぐ寺院として知られてきました。



なぜお寺にこのような品が?
 しかし、専修寺には上記の品以外にも「なぜこのような品があるのか?」と美術史の研究者らを驚かせる意外な品々が多数ありました。
 ことの発端は、令和4年、専修寺から学習院ミュージアムの荒川正明館長へ「所蔵品を見てもらえないか」と打診があったことです。早速、さまざまな分野の研究者らが専修寺を訪ねたところ、明治天皇からのご下賜品、昭憲皇太后のご遺品など30点ほどがありました。専修寺によれば、蔵にはもっともっとたくさんの品があるとのこと。
 そこで学習院大学文学部哲学科(美術史学専攻)では美術工芸品の本格的な調査を開始。三重県総合博物館、三重県立美術館、皇學館大学とも連携し、翌令和5年からこれまでに5回の悉皆(しっかい)調査を行いました。一部を抽出して調査するのではなく、所蔵する品すべてを調べることにしたのです。
 荒川館長は調査を開始した時の驚きを、「寺の什物(じゅうもつ)であるならば、仏教儀礼に関する道具類が中心であろうと高を括っていたが、予想は覆され、様々な分野の工芸作品が次々と顔をのぞかせてきた」と図録に綴っています。

調査、研究、発表という理想のトライアングル
 調査は絵画班、工芸班、古文書班に分かれて行われ、学習院大学の学生や院生も加わりました。今回の展覧会の責任者である文学部哲学科の皿井舞教授(専門は江戸時代以前の仏教彫刻)によれば、美術工芸を専攻する学生にとって現地調査は大切な経験ですが、コロナ禍以降、現地に赴いての調査はなかなか実現できていませんでした。現地での調査のノウハウが失われてしまう恐れもあったといいます。学生の指導という点においても、この専修寺での現地調査がいかに意義のあることであったかがわかりますね。
 今回、調査チームに加わった学生たちは一様に顔を輝かせ、埃を被った薄暗い蔵の中での調査に臨んだといいます。現地に赴いての調査、まだ世に知られていない美術品との出会い――学生や院生は美術史研究の醍醐味を味わったのではないでしょうか。
 この調査を通じ、論文を執筆、学会で発表した学生もおり、皿井教授は「調査、研究、発表という理想のトライアングルを実現できる機会となった」と話してくれました。

都からどんなに遠く離れていても
 では、今回の調査で初めて存在が明らかになった作品をいくつか紹介していきましょう。
 まずは絵画作品から。専修寺には、今回も出展されている「親鸞聖人伝絵」(重要文化財/先の写真参照)などの仏教絵画が伝わっていることは知られていましたが、今回の調査で多様な絵画作品が受け継がれていることが判明しました。
 たとえば円山応挙(1733~1795)の「漁夫図」と応挙の孫、円山応震(おうしん/1970~1838)の「嵐峡春景図」(らんきょうしゅんけいず)。応挙は近世絵画の代表的な流派のひとつ、円山派の祖で、応震は3代目に当たります。



 専修寺に伝わる品の大きな特徴は、伝来が明らかな品がほとんどであるということです。この応挙の場合は、近衞篤麿(あつまろ)の遺品として、実弟である専修寺第22世堯猷(ぎょうゆう)上人(1872~1951)に応挙の作品が贈られたことが確認できる書簡が残っていました。この「漁夫図」がそれに該当するものと考えられており、専修寺と近衞家との交流を示す作品となっています。
 また、応震の作品には目録が付属しており、有栖川宮幟仁(たかひと)親王の3女で、彦根藩第17代藩主井伊直憲(なおのり)に嫁した井伊宜子(よしこ)の遺品であることが確認できます。こちらは専修寺と有栖川宮家との交流がうかがえる品です。
 5つの作品からなる「五節句図」は18~19世紀に京都で活躍した円山派、原派、土佐派の各絵師たちによるもの。5幅全てに落款印章があるため、絵師とおおよその制作年代がわかることから、もとから5幅対として制作されたものではなく、後世に取り合わせられたものと考えられています。

 近代の洋画も見出されました。中丸清十郎(1840~1895)による「常磐井鶴丸(堯猷上人)像」は、実兄の近衞篤麿から応挙の絵を贈られた堯猷上人の14歳ころの肖像画です。鶴松は明治18年(1885)に常磐井家の養子となり、翌年からドイツへ留学。哲学を学び、梵語(サンスクリット語)学者となりました。大正2年(1913)に真宗高田派管長を継いだ後も、生涯にわたって梵語の研究を続けた学究の徒でもありました。



 これまで見てきたように、専修寺所蔵の絵画には、皇室や宮家とのつながりを示す作品が多くあります。絵画の調査を担当した学習院大学文学部哲学科の近藤壮教授(専門は江戸時代の絵画)が指摘するように、専修寺は都から地理的に遠く離れていたとしても「宮廷文化圏に属する本山」なのです。

明治工芸の超絶技巧を示すご下賜品とご遺品
 その特徴は工芸品の展示でさらに明らかになります。



 こちらは、明治天皇のご下賜品である「玉製鵞鳥置物」(ぎょくせいがちょうおきもの)。福井県で作られた若狭瑪瑙(めのう)であると考えられています。

 明治天皇の皇后である昭憲皇太后のご遺品は4点が展示されていました。なかでも目をひくのは薩摩焼の「透彫双耳三足香呂」(すかしぼりそうじさんそくこうろ)。



 象牙のような肌に精緻な彫文様が施されているのがわかりますか? 蓋には麻の葉文様が透彫で、本体には蝶や亀甲文などが浮彫(うきぼり)で表されているのです。残念ながら制作者の特定は困難とのことですが、その見事さは、まさに明治工芸の超絶技巧の到達点といえます。
 大正天皇の皇后である貞明皇后のご遺品もありました。虫食いの栗を本物そっくりに表現した「牙彫栗置物」(げちょうくりおきもの)です。皇室、華族家では、こうした象牙の牙彫置物を多く所持したことが知られているそうで、貞明皇后もこの可愛らしい品をお手許に置いて楽しまれたのかもしれません。

西欧の宮殿を飾ったはずの有田焼
 展覧会の後半には、調査の初期段階で、調査チームをもっとも驚かせた品々が並んでいました。有田焼の大皿や鉢、花瓶類です。
 これらは江戸時代中期から明治時代にかけて焼成され、本来は西欧諸国などに輸出されるべき品であったと考えられます。直径60センチにおよぶ「色絵金襴手花卉楼閣文大皿」(いろえきんらんでかきろうかくもんおおざら)や、「染付鳳凰文蓋物」(そめつけほうおうもんふたもの)は九州の伊万里港から西欧に向けて輸出され、エキゾチックな調度品として、彼の地の宮殿や城館を飾っていたはずなのです。それがなぜ九州から遠く離れた伊勢の地にあるのか、まったく不明だというのです。興味深いですよね。





 本展には、日本初の磁器製造会社として知られる「合本組織香蘭社(現・株式会社香蘭社)」を創立した深川栄左衛門(ふかがわえいざえもん)と年木庵喜三(としきあんきさぶ)の手になる「色絵花盆文花瓶」(いろえかぼんもんかびん)」や、七宝作家として名高い粂野締太郎(くめのていたろう)の「七宝花鳥文花瓶」なども展示されていました。



 それにしても専修寺の所蔵品の多様さには目を見張らされました。会場入り口では先に写真でも紹介した阿弥陀如来立像が来館者を迎えてくれますが、歩を進めていくと、本展が寺院の所蔵品の展覧会であることを忘れてしまいそうになる作品が並んでいるのです。しかもこれらがこれまで全く世に知られることなくお蔵の中で眠っていたとは……。
 皿井教授によれば、これまでに調査を終えたのは685点。しかし全貌はまだつかめておらず、調査はまだ道半ばといいます。今後も長期に渡って調査研究していくとのことで、今後、専修寺のお蔵からどのような品が飛び出してくるのか、楽しみに待ちたいと思います。

伊勢の名刹 専修寺 -寺宝からみる公家文化
会期:2026年5月22日(金)~6月13日(土)
会場:霞会館記念学習院ミュージアム
※詳細は下記公式サイトへ
https://https://www.museum.univ.gakushuin.ac.jp/exhibition/
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