読みもの
いよいよ「黒の磨き」!2026年6月4日、久しぶりに蔵造り資料館を訪ねました。前日に関東地方を通り過ぎた台風の影響が少し残っていましたが、川越の町はこの日も朝から観光客がそぞろ歩き、にぎわっていました。

今日はいよいよ黒漆喰鏡面仕上げ、いわゆる「黒の磨き」の取材です。前回の取材時に増田町の土蔵群のことを知って以来、「黒の磨きってどうやって作っていくんだろう?」と興味津々だったので、この日を待ち遠しく思っていました(連載その12参照 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100843)。
以前、長谷さんは「黒の磨きは1日で終わらせる必要がある」とおっしゃっていました。その日に作業する区画を決めると、朝から白漆喰を塗り、夕方には作業を終わらせるのです。せっかくなら白漆喰を塗るところから取材したいと思い、朝の9時から取材することにしました。
この日は、川越市建築住宅課の二瓶直樹さんも記録のために現場を訪れていました。二瓶さんによれば、「蔵造りの建て替え工事は全国的にも珍しい貴重な例だと思います。壊す前はかなり改修されていて、当初の姿とはまるで違っていたのですが、古写真が見つかったので、改修前の形に復元することにしました」とのこと。
蔵造りは、伝統的工法であることから、熟練の左官や大工の技術を必要とします。また分厚い土壁を完全に乾燥させる必要があるため、必然的に工期が長くなります。さらに伝統的な土蔵そのままの仕様では、現在の建築基準法や防火規制をクリアするのが非常に難しいという点もあります。これらの理由から蔵造りの建物の再利用は既存の蔵を活かしたリノベーションとなることが多く、建て替えは非常に珍しいのです。貴重な現場を取材できて本当にラッキーでした。
黒の磨きの工程
ここで簡単に黒の磨きの工程を説明しておきましょう。今日の作業箇所は、西側の切妻屋根の下の三角形の壁(妻壁)です。
ここで土壁が出来るまでの手順を振り返りましょう。この連載の「その3 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100778」と「その4 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100779」で説明しましたが、以下のような流れでした。
壁の下地となる竹小舞を作る→竹小舞に泥団子を打ち付ける「荒打ち」を行い「荒壁」を作る→3か月間乾燥させる→荒壁に縦横に縄を入れて強度を高める→荒壁の凸凹を整える斑(むら)直し→土壁を仕上げる中塗り→漆喰仕上げ
いま、ここは中塗りが終わり、あとは仕上げるだけの状態です。この上から「白漆喰」、「白ノロ」(後述)を塗り、最後に「黒ノロ」(後述)を塗って仕上げるという手順になります。

ヘルメットを被って足場の階段をてっぺんまで上る間に屋根を見ると、前回の取材時に作業中だった屋根がきれいに仕上がっていました。屋根の最上部に設けられた箱棟の瓦や、屋根の両端に2列に並んだ半円形の風切り丸にも雨除けとなる白漆喰がきれいに塗られています。黒い屋根瓦と漆喰の白の対比が実にリズミカルです(連載その9参照 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100840)。

今日は4人で作業
現場では、狭い足場に職人さんが並んで白漆喰を塗っていました。今日は長谷さんに加え、あじま左官工芸の若手の古川さん(25歳)、そして2人のベテランの計4人での作業です。妻壁の下の角を塗る時など腹這いになって作業しています。
作業を見ていると、写真からもわかるように、妻壁の上、三角形の斜辺にあたる「ケラバ」と、その下の「鉢巻き」、さらには箱棟の両端にある「影盛」(かげもり)も黒く塗られていることに気づきました。


「鉢巻きは黒漆喰の磨きですが、影盛とケラバは墨汁に膠(にかわ)を入れたものを塗っています。少し光り方が鏡面仕上げとは違って、艶感のないマットな感じがするでしょう。影盛やケラバのように雨がかかる場所はすぐに色が落ちてしまうので、黒の磨きのように手間をかける意味合いがあまりないんです」(長谷さん)
「鏡面仕上げ」とは「黒の磨き」のことです。色は黒とは限りませんが、鏝(コテ)を何度も当てて磨くことで鏡のような光沢を生み出すことから、この名前があります。
川越市の二瓶さんは鉢巻きを鏡面仕上げにした日にも訪れていて、「塗った直後は反対側にあるものが映って、本当にピアノみたいでしたよ。鏡面仕上げではない影盛やケラバもきれいでした」と話してくれました。これからの変化が楽しみです!
見ている間にも白漆喰がどんどん塗られていきます。

写真にもありますが、妻壁の下には緑色の養生テープが貼られています。妻壁の斜辺部分には、何本もの千枚通しのようなもので白い紙が留められています。これは白漆喰が付かないようにするためのものです。実際、鉢巻き部分などに少しでも白漆喰が付くと、若手の人がすぐに雑巾で拭っていました。
4人とも黙々と手を動かし続けています。鏝に白漆喰を載せては妻壁に塗っていきます。気軽に話しかけられるような雰囲気ではありません……。
(次回:7月22日予定 取材・文/岡田尚子)
その12(前回) https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100843