読みもの
左官の仕事は、建物の弱点をカバーすること令和7年10月16日、約1か月半ぶりに蔵造り資料館を訪ねました。嫌になるほど暑かった夏も通り過ぎ、過ごしやすい日でした。
蔵造り資料館は、全体が素屋根ですっぽり覆われているのは前回と同じですが、以前とは大きな違いがありました。前回、8月28日に取材した時は、蔵の壁は、外壁も中壁も中塗りを終え、あとは漆喰(しっくい)で仕上げるだけになっていました。長谷さんは蔵を作るうえで最も難しいとされる扉を成形している最中で、屋根は、屋根の骨格となる垂木(たるき)や、屋根の下地板となる野地板(のじいた)の上に分厚い土が敷き詰められた状態でした。その屋根に瓦が載っていたのです。

長谷さんは、「瓦職人さんの仕事が終わったので、9月半ば頃から僕たちが入って屋根の仕上げをしています」と説明してくれました。
壁と同じように屋根も左官が仕上げるわけですね。屋根は瓦が載ったらそれでおしまいというわけではないのです。
「左官の仕事は、建物の弱点をカバーすることなんですよ。劣化しやすい場所を左官の技で補うんです。屋根は建物を雨風などから守る大事な場所なので、左官が土や漆喰という素材を使って、瓦を固定し、屋根の継ぎ目などから雨風が浸入するのを防ぐんです」
この日は長谷さん、長谷さんの弟子の今井さん、そして福島県と山形県からベテランの職人さんが1人ずつ、計4名で作業に当たっていました。
通常、左官の現場には毎日違う職人さんが入るそうです。その日に空いている職人さんが入るわけでが、みんな技量のある人たちなので、「今日はこういう作業」と伝えると、それだけで通じるといいます。
「ただうちの会社の現場は難しい技術とか、特定の道具を要求される仕事とか、そういう現場が多いんですね。伝統建築や文化遺産が現場という場合もあります。ひと口で言えば難度の高い現場です。だから僕は、そういう現場に対応できる人たちに来てもらっていますし、まとまりのある工程はなるべく同じ人に来てもらうようにしています」
屋根を見上げると、3人の職人がそれぞれの作業をしているのが見えました。近くで見るため、ヘルメットを被り、素屋根の階段を屋根まで上りました。近くまでくると、ベテランの1人が足場の上で立ち、鬼瓦の方に腕を伸ばして作業をしています。
「あれは鬼台 (おにだい)を成形しています。瓦が全部載ったので、屋根の役物(やくもの)を作っているんですよ」


役物とは
まず「役物」について説明しましょう。役物とは、建物の中で規格サイズの標準品(いわゆる「平物(ひらもの)」)では対応できない、角や端部、接合部などのための部材のことです。たとえばタイルなどではコーナーに使われるL字型の物、コンクリートブロックでは、隅に置かれるような物のことを役物と呼びます。
屋根における役物とは、鬼瓦、ケラバ(螻羽/後述)、軒先などがあります。鬼台も役物で、鬼瓦を受けるもののことです。写真で見てわかるように、鬼瓦のすぐ下に鬼瓦を載せている白っぽい台がありますが、これが鬼台です。
「鬼台は鬼瓦を固定させる土台です。鬼瓦は屋根の端の勾配のある所に据えられるため、その下に台が必要になるわけです。鬼台の基になるものはありませんので、左官が砂漆喰を使って、無から有を作り出しています」
現時点では砂漆喰のままなので白っぽい色をしていますが、最終的には黒色になるそうです。
「ちょっと向かいの建物を見ていただけますか? 鬼瓦のすぐ後ろに灰色の膨らみがあるでしょう。あれは影盛(かげもり)といって、これも左官が作っています」
長谷さんが素屋根のシートの向こうに透けて見える建物を指さしました。確かに鬼瓦のすぐ後ろに鬼瓦よりも大きな、もくもくとした雲のような形をした灰色のものがあります。この蔵造り資料館はまだ影盛を作る段階には至っていませんが、時期が来たら、あの影盛も長谷さんたちが作るわけですね。

しかし、影盛はなんのためにあるのでしょうか。
「役物は角や端部、接合部に用いられることが多いため、主に雨水の侵入を防ぐ防水や、建材を固定する役割、そして建物の見た目を美しく仕上げ、印象付ける意匠性を担っています。特に屋根の役物はそれらの役割、特に防水機能をきちんと果たすことが求められます。影盛も雨水の侵入を防ぐためのもので、もともとは左官の技術を使って漆喰で防水していたのが、どんどん意匠化していくと同時に大きくなっていったんです」
なるほど。鬼台も影盛も瓦の一部だと思っていました。
「さきほど、左官の仕事は建物の弱点をカバーすることと言いましたが、鬼台も影盛も屋根の防水機能を高めるためのものです。左官は建物の仕上げの段階で関わることが多いので、建物を強化したり、補完したり役目を担うことが多いんですよ。縁側から庭に下りやすくする沓脱(くつぬぎ)を作ることもあります。これは左官の技が、使い勝手を良くする場面で使われるケースですね」
ちなみに鬼瓦には「雨仕舞い」と「魔除け」という機能があります。雨仕舞いとは、雨水を排水させて棟の中に雨を侵入させない構造のことです。棟の両端を鬼瓦で覆うことで、建物を雨水から守っているわけですね。また、昔の人は「鬼の形相で厄を払ってもらう」という願いを込めて、鬼瓦を魔除けとして使用してきましたといいます。しかし、鬼の恐ろしげな顔が敬遠されるようになり、今は家紋や鶴、七福神など縁起のよいものをモチーフにした鬼瓦を使用することが多いようです。
(次回:3月25日掲載予定 取材・文/岡田尚子)
その8(前回) https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100783
その7 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100782
その6 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100781
その5 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100780
その4 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100779
その3 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100778
その2 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100777
その1 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100776