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100年前、100年後の左官と技術を介して対話するこれは文化財の修復を請け負う職人さんにはよくあるジレンマなのかもしれません。100年前、200年前の技術よりも今の方が進歩しているのなら、その建物をさらに100年、200年と残すために、最新の知見を活かした方がいいと思うのは納得できます。
「だから専門職の責任として、再建していく過程で思ったことはどんどん伝えて、提案していくようにしています。幸いなことに、文化財については、その修理・再建過程を言葉にして残してあるケースもあるので、僕も実際の施工についてはもちろん、許可を得て新しいやり方にした場合は、変えた理由について管理の人に伝えるようにしています。今回の蔵造り資料館の場合も、100年後に修理する人たちが、それらを参考にできるようにしてあげたいんです。100年後の人には、今、僕らがやった仕事の結果が見えるのでね」
同じ技術を有する人たちは、100年前の人とも100年後の人とも技術による対話ができるわけです。ちょっと胸が熱くなるような話です。
「僕らの仕事は確実に実物として後世に残るので、後世の左官のためにも自分の持っているものをすべて注ぎ込みたいという思いはあります。特に今はあじま左官工芸の看板で仕事をしているので、社長の顔がつぶれるようなことはしたくないですね」
技術と知識を常にアップデートし続ける
ただ長谷さんは、いま、左官という仕事は大きな分岐点にあると言います。他の伝統技術と同じように職人不足、後継者不足なのでしょうか。
「職人の数は現時点ではそんな深刻な後継者不足というわけではありません。ただこれから淘汰されていくと思うんですよね」
でも左官の技術は日本の建物には欠かせないものなので、技術そのものはいつまでも必要とされるように思いますが……。
「確かにお城、蔵などの文化財や社寺建築は保存するにしても新築するにしても必ず左官は必要とされます。でもそれは技術のある左官にしか請け負えない。また普通の一般の住居でも必要とされるとは思いますが、今の新築住宅は昔と同じような建てられ方ではないんですね。材料と技術もどんどん進化しているので、それにも対応して、常にアップデートしていかないといけない。時代に対しての柔軟性とでもいうのかな。だから若い職人にはとにかく技術と知識を身につけるように言い続けていますよ。技術と知識を両立させ続けないと、淘汰される側になるよって」

長谷さんは、現代社会のシステムも左官には不利であると言います。壁を塗る工事には「湿式工法」と「乾式工法」の2つがあり、左官の伝統工法は湿式で、これまで見てきたように材料を何度も塗って乾かすというプロセスを繰り返すので、手間とコストがかかります。職人の腕や天候によって、出来上がりや期間が左右されます。
一方で乾式は工場で生産されたパネルや合板などの既成部材を現場で取り付けるので、マニュアル通りに施工すれば誰が施工しても一定の品質で仕上げることが可能です。また、乾燥期間が必要ないので天候にも左右されず、工期を短縮できます。
忙しい現代社会では、左官の伝統工法は敬遠されがちなのです。冒頭でも書いたように、左官が扱う土壁や漆喰は通気性や調湿性、防火性にも優れているし、高級感もあって、いろいろな素材の質感を楽しめたりするのですが、スピード重視の現代社会には向いてないのですね。
「自分の仕事を自分の言葉できちんと説明できれば、それが正解」
「でも業界としてはがんばっているんですよ。漆喰塗仕上げは国土交通省の公共建築標準仕様書に含まれていなかったのですが、平成31年版からは含まれるようになった。公共建築に漆喰仕上げを積極的に使えるようになったわけです」
続いて令和4年(2022)5月、建築基準法施行令の一部改正が施行され、厚さ10ミリ以上の壁土が、コンクリートや厚さ12ミリの石膏ボードと同じ不燃材料として認められることになりました。古くから日本では蔵を分厚い土壁とすることで、火災から財産を守ってきたことを思えば、不燃材料として認められていなかったのが不思議なくらいです。
違う側面からの変化も起きているようです。まず、女性左官が増えてきました。その背景には、技術革新が進んで、左官が扱う土やセメントなどの材料が軽くなったという事情があるようです。また、大学を卒業した人が新卒として左官の会社に入社したり、美大出身でデザインの仕事をしていた人が転職してきたりしているそうです。日本の伝統技術に若い人の関心が向いているとしたら、とても嬉しいことですよね。
最後に長谷さんに若手や、これから左官を目指す人たちに対してアドバイスをしてもらいました。
「左官は一人ひとり技術も違うし、やれることも違う。だから共通の正解というのはなくて、自分なりの答えを見つけられる仕事だと思うんですね。で、何が自分なりの正解なのかと考えると、これは若い子によく教えていることなんですけど、自分の仕事を自分の言葉できちんと説明できれば、それが正解なんじゃないのかと思うんですね。実は左官には『こうでなくてはいけない』という決まりはそれほどないんです。だから技術と知識が伴っているのは前提として、『何を最も大事にして、この作業を行ったのか』という説明を説得力を持ってできれば、それでいいんだよって教えています」
かつての職人のイメージとは程遠いですが、左官に限らず、今の職人には言語能力も必要とされているわけですね。それに自分の仕事を言語化するということは、自分の仕事を客観視することにつながるので、より明確に反省でき、新たな目標を設定できるという効果もありそうです。
「先にも言いましたが、今は職人が大勢いた時代とは違うので、自分が後輩を指導する立場になった時にも言語能力は必要です。また文化財などを手がける場合は、役所にさまざまなことを伝えなくてはなりませんが、言語能力が高いと、それがそのままプレゼン能力につながるんですよね。職人は黙って技を売れというような態度では通用しなくなりましたから」

こうして令和7年8月28日の取材は終了しました。3時間ほどの取材でしたが、左官の技術や歴史に加え、業界の努力や変化、さらには長谷さんの左官という仕事への向き合い方もうかがえて充実した取材でした。次回は屋根に瓦が乗り、扉も漆喰を塗るだけとなった令和7年10月16日に取材した時の様子をお届けします。
(次回:3月18日掲載予定 取材・文/岡田尚子)
その7(前回)https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100782
その6 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100781
その5 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100780
その4 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100779
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その1 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100776