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ニッポン超絶技巧――職人さん探訪

第2回 左官の匠―その4
令和8年2月11日
効率重視とは対極にある 
 荒打ちを終えた後は、荒壁の強度を高めていきます。新たに縄を土に伏せ込み、表面を鏝で均していくのです。屋根から下げた縄も壁に絡ませて土に伏せ込み、簗(はり)と壁を一体化させます。この作業は蔵の内(裏)側からも行い(「裏返し」と言います)ます。
 さらに壁だけではなく、桁(けた)や貫(ぬき)の裏側にも隙間なく土を塗り込みます。桁は屋組を支える水平な部材、貫は柱同士を水平方向につなぐ部材ですが、とにかくあらゆるところに土を塗り込み、壁と一体化させることで建物全体の強度を高めるわけですね。
 全体に土を塗り込むと、ここで約3か月間の乾燥期間を置きます。長谷さんは「今の建設現場ではスピードが要求されるので、左官の作業とは相性が悪いんですよね」と話します。伝統工法は効率重視とは対極にある工法だということを実感しました。

 3か月後、荒壁にはいたるところにヒビが生じていました。



 ここから「荒壁縦縄入れ」「荒壁横縄入れ」を行います。まず壁全体に3~6センチの間隔を開けて直径10ミリほどの縄を垂直に垂らしていき、上から荒壁土を塗ります。さらに砂混じりの土を薄く塗る「砂摺り」を行い、強度を高めていきます。
 縦縄を入れた荒壁が乾燥すると、次に縄を水平方向に入れた「荒壁横縄入れ」を行い、乾燥させます。
 これで「小舞荒壁」が完成しました。この小舞荒壁は、現在で言うなら石膏ボードや合板、断熱材などに当たるそうです。



 次に行うのは、横縄入れ後の乾燥期間で生じた不陸(ふりく/平らでなく凸凹のある状態)を直す「斑(むら)直し」です。また土を塗っていくわけですね。
「実はこの斑直しがとても大事なんです。この後に『中塗り』という作業がありますが、この段階までくると形の補正はできないので、斑直しの時点で塗っては乾燥させてという作業を繰り返して、面や角度など形をきれいに整えていきます。漆喰仕上げの状態を見切って作っていくんです」
 長谷さんたちは、その後、屋根や鉢巻き(屋根のすぐ下の部分)なども塗っていきました。ちなみに瓦を敷く下地となる土居の厚さは10から15センチ。写真を見てもすごい厚みだというのがよくわかります。これだけの厚みになるまで土を塗るのは大変な作業量だと思います。



 私が取材に訪れた8月28日は、内壁、外壁共に中塗りが終わり、最後の工程である漆喰を塗るだけとなっていたのは、先に書いた通りです。
 ここで壁ができるまでのプロセスをざっと復習すると、以下のようになります。
 竹小舞を作る→竹小舞に泥団子を打ち付ける「荒打ち」を行い「荒壁」を作る→3か月間乾燥させる→荒壁縦縄入れ→荒壁横縄入れ(荒壁終了)→斑直し→中塗り→漆喰仕上げ

荒木田土とは
 ここで左官の仕事にとってなくてはならない「土」のことを長谷さんにお聞きしましょう。私が蔵の中で見た土の袋には「荒木田(あらきだ)土」とあったのですが、これはどういう土なのでしょうか。
「荒木田土はもともと関東地方の田んぼや畑の土です。昔はその砂混じりの荒木田土に藁を足して荒壁土を作っていました。今の荒木田土は工場で作る製品で、砂を抜いて袋詰めにされています。ただ、うち(あじま左官工芸)は、時間短縮のために、そこにあらかじめ藁を詰めてもらったものを使う場合が多いですね」 



 この荒木田土は荒壁を作る時の土ですが、土と藁がなじむのに時間がかかるので、しばらく寝かせる必要があります。その期間は、実に約半年間! さらに言えば、混ぜた藁が腐って繊維質になるのが望ましいので、夏場を挟んで半年間寝かせるのが理想的だそうです。
 でも現場で荒木田土に藁を入れるとなると、その手間と寝かせる時間がかかり、期間が長くなってしまいます。そこで荒壁を作る時期から逆算して、工場に発注しておくというわけです。そして現場で水や砂を混ぜて使うのです。
「ただ繊維質だけでは土が弱いので、『切り返し』といって、藁そのものも追加する作業も行います。昔は寝かせている半年間の間、定期的に藁を追加していましたが、今のように工場から袋入りで出荷される荒木田土の場合は袋を開けることもできないので、使用する時点で藁を入れます。ちなみに荒打ちの時の泥団子もこの荒木田土を使いますが、泥団子を作る時に藁を追加しています」





 折々にこまかな作業が必要とされるわけです。長谷さんの説明は続きます。
「横縄入れの時までは、大きめの藁が入った荒木田土を使います。その次の斑直しからは、違う種類の土を使います。ややこしいことにこの土も荒木田土と呼ぶのですが、見た目が違って、こちらは粉土(こつち)です。粉土は土の成分だけで、何も入っていないので、その時の工程に必要な大きさのスサを現場で入れながら塗っていきます」



 この粉土の荒木田土は中塗り、つまり漆喰仕上げの直前まで使うそうです。

(次回:2月18日掲載予定 取材・文/岡田尚子)

その3 (前回)https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100778
その2 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100777
その1 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100776

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