読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第16回
令和8年6月5日
シテ方・大槻裕一さん
「能楽公演のつくり方」<企画篇>



 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。メンバーは現在、8月に予定している主催公演「月イチ能楽講座スペシャル『錦木』」に向けて稽古に励んでいるところ。そんな彼らに、能楽の公演を主催する面白さや苦労などを数回にわたって綴ってもらいます。



月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真左)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真中)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
⚫︎講座のお申込・開催スケジュール・詳細は↓
https://www.instagram.com/noh_once_a_month/



今の時代にどう響くのか

 能楽公演を催すとき、まずは「企画」を⽴てるところからはじまる。能楽の場合、能楽師自らが公演の企画を立て、主催することも多い。「企画書を作成して上司に提出」などという会社員さんのような過程はないが、公演が始まる1年前、 早いときは3年前から脳内でおおまかな企画を組み⽴てる。どんな演⽬にするか、理想の配役を妄想したり、どこの能楽堂で公演するか考えたり、0 から1を創る作業は楽しい。

 しかし、企画は「⾯⽩そう」という感覚だけでは成⽴しない。能・狂⾔は⻑い歴史を持つ伝統芸能である⼀⽅、現代では「観てもらわなければ続かない」という現実もある。そのため、「この演⽬は今の時代にどう響くのか」「初めて能楽堂に来る⼈でも楽しめるか」「⻑年能楽堂に通ってくださるお客様が満⾜してくださるか」と、常に複数の視点を⾏き来しながら考える必要がある。家にいながらさまざまなエンタメに気軽に触れられる時代に、「時間」と「お⾦」を使って能楽堂に来ていただくことの難しさを痛感する⽇々である。

 とくに近年は、漫画やゲームなどのIP(知的財産)作品とのコラボレーション公演に携わる機会が増えてきた。そのことが、企画段階から新たな視点で物事を考えるきっかけとなっていて、とても新鮮で楽しい。挑戦するからには、原作ファン、能楽ファン、どちらの皆さんの期待にも応えたい。原作のどの場⾯を抽出するか、能楽としての美しさや品格、能楽から逸脱せずに原作の世界観をどのように表現するかなど、そのすべてのバランスを取ることが⼤切になる。

『錦木』への想いと挑戦

 昨年6⽉、初めて企画した「⽉イチ能楽講座スペシャル」の演⽬は『井筒(いづつ)』だった。能楽といえば「幽⽞」というキーワードで語られることがよくあるが、まさに幽⽞の世界を描くのが女性を主人公にした「鬘物(かずらもの)」と呼ばれるジャンルの曲。その鬘物を勉強したかったことと、劇中の⾒せ場である「序の舞」(ゆったりとしたテンポの品格のある舞)の難しさを経験してみたかったことから、この曲を選んだ。

 今年8⽉には2回目となる「⽉イチ能楽講座スペシャル」にて『錦⽊(にしきぎ)』を上演する。この演⽬は滅多に上演されない稀曲(ききょく)のため、⾃ら企画しないとなかなか上演する機会が少ないので、今回こうして企画した。錦木とは、かつて陸奥(むつ/現在の青森・秋田県)地方にあった習俗で、男が思いを寄せる女の家の前に立てた彩色した枝のこと。世阿弥(ぜあみ)作とされる『錦木』は、そうした習俗や和歌を織り込みながら、男の恋の執心を描いた作品だ。前回と同じく、今回も「月イチ能楽講座」メンバーによる上演前の解説やアフタートークを予定しているので、詳しい曲の内容は当日お伝えしたいと思う。

 この曲を上演するうえで、心に念じている事がある。⼤槻家所蔵の《錦⽊男》という家宝の能⾯があるのだが、それを当⽇、使⽤できるかどうかは、⾃分の稽古の積み重ねと仕上がり次第だ。以前、師⽗である大槻⽂藏(ぶんぞう)先⽣が『⼋島(やしま)』や『船弁慶(ふなべんけい)』で実際に使⽤されているのを拝⾒し、能⾯の持つ⼒とその存在感に⿃肌が立った。⻑い歴史のなかで脈々と受け継がれてきたものを継承することの重みを、⾃分とお客様とで共有し、お客様にその歴史の証⼈になっていただくという、特別な企画になればと考えている。

思い出ある会場と共演者の力

 今回の会場となる東京・神楽坂の⽮来(やらい)能楽堂は、曽祖⽗が近くの⼆⼗騎町(にじゅっきまち)に⾃宅を構えていたこともあり、ご縁のある思い出の場所だ。舞台と客席が近く、ぴんと張り詰めた空気を感じながら舞台に立つことができる素晴らしい能楽堂である。今回こうして会を催させていただけるのは⼤変ありがたく、どんな舞台になるのかとてもワクワクしている。

 公演では、師⽗・⽂蔵先⽣に地頭(じがしら)として謡っていただくことにも⼤きな意義があると感じている。コーラスパートである地謡(じうたい)は、能楽を上演するうえでの⼤きな要であり、その統率役が地頭である。なかでも『錦⽊』は、膨⼤な謡を難解なノリ(拍子の取り方)で謡う技術が求められる。能楽の⾒巧者(みごうしゃ)さんのなかには、この地謡を聴くためにいらっしゃる⽅もいるかもしれない。

 お囃⼦は、「⽉イチ能楽講座」メンバーである成⽥奏さんの⼩⿎、河村凜太郎さんの⼤⿎に加えて、お笛は熟練の技巧を持っておられる松⽥弘之さんにお願いした。笛の⾳⾊で能舞台が⼀瞬で物語の舞台である陸奥・狭布(きょう)の⾥にワープする不思議を、お客様にぜひ体感していただきたい。

 能楽の舞台は、シテ(主役)だけでは成り立たない。素晴らしい舞台を構成するために、地謡やお囃子、ワキ(相手役)や間(あい)狂言などのお役を、どの方にお願いするのかも企画の難しさである。私のような未熟な役者も、素晴らしい諸先輩、諸先⽣⽅にお⼒をお借りしながら舞台に⽴たせていただくことで、少しでも⾃分が思い描く理想の舞台に近づくことができるし、企画がぴたっとはまったときには、奇跡のような舞台が⽣まれることがある。そんな奇跡に、⾃分は⼈⽣で何回⽴ち会えることができるのだろうか――未来の⾃分に期待しながら、今⽇も稽古に励んでいる。


前回の記事[河村凜太郎さん「月イチ能楽講座のメンバーになって」]は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100878
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