読みもの

赤星たみこの八街やちまたオバンギャルド・ライフ

着物の話―その6「汗をかいたらささっと洗いたい」
令和8年7月22日
常に清潔な服を着ていたい現代日本人
 今回は、着物離れが進んだ外的要因の③「簡単に洗えないという着物の構造」についてご説明しますね。
 正絹(しょうけん)の着物は簡単に洗えないという特徴があります。あえて「欠点」とは言いません。簡単に洗えないからこそ、汚れない工夫、汚れた部分だけ取り換えられる工夫がしてあります。半襟(はんえり)を毎回付け替えるのはおしゃれの側面もありますが、襟が一番汚れるので、長襦袢(ながじゅばん)から簡単に取り外しできるようにしてあるのが半襟です。
 着物本体の襟部分にも掛け襟(かけえり)という取り外しのできる布がかけてあります。古着の着物をほどくとよくわかりますが、すごく汚れて染みだらけの着物の襟は、外して上下をさかさまにしてきれいな面を表に出して縫い直すことが可能です。正絹だけでなく木綿でもウールでもそういう構造になっています。



 着物は汚れないように着ることが第一、でも汚れたらほどいて縫い直す。そういう作りになっています。そのときサイズの調整も簡単にできるようになっています。簡単には洗えないけれど、ほどいて縫い直してサイズ調整もできるようにできているのが着物なのです。そのおかげで何十年も受け継いで孫やひ孫まで着ることができるのです。
「サステイナブル」という意味では、こういう着物の作りこそ評価すべきなのですが、でも、今の生活に合っていないんですよね……。
 昔は布地を入手するだけでも大変でしたから、その布地を何度も縫い直してサイズ変更ができるようにしたのは生活の知恵でしょう。

 でも、今、衣服をそこまでして長持ちさせたいですか? 人間国宝や現代の名工の方に作ってもらった数千万円の着物なら子々孫々にまで受け継がせたいでしょうが、それはものすごく特殊な衣類です。毎日着るものではないと思います。
 それよりも、毎日の生活の中で楽しんで着て、汗をかいたらさっと洗ってまた清潔な状態で着る服が、現代の私たちの欲しい衣服です。そういう目で着物を見ると、簡単に洗えない、というのは、着物好きの私としては非常に残念ですが、これは大きなマイナスポイントだと言わざるをえないのです。

時代小説の中での着物の描かれ方
 でも、昔の人はしょっちゅう着物を洗っていたんですよね。私の好きな時代小説などでは、江戸の庶民は古着を買って着ていたとか、野良仕事や力仕事で着物が汚れたらさっと洗って翌日着た、という描写が出てきます。これは正絹ではなく、木綿などの丈夫な生地でしょうね。
 幸田文の『きもの』にも、主人公が泥の中に転んで汚れた着物をささっと水洗いして、翌日着るというシーンが書かれていました。それは女学校で着用する体操用の着物だったので、おそらく木綿で出来た道着(どうぎ)のようなものだと思います。それでも一応「着物」というジャンルの衣服をジャブジャブ水洗いした、というのを読んでびっくりしたし、勇気ももらいました。
「だよね、汚れたら洗うよね、正絹で金糸銀糸の刺繍とか手の込んだ細工のない着物だったら大丈夫だよね」と、思わず幸田文氏のお墓のあるほうに向いて手を合わせましたよ。ちなみにお墓は大田区の池上本門寺だそうです。

 そういえば浴衣は自宅で洗うものです。子どものころは母が洗って糊をつけてパリッとした浴衣を花火大会の夜に着せてもらいました。ちょっと襟がゴワゴワしているのもうれしくて、楽しい思い出です。
 しかし、今は浴衣ですら洗えない、と思い込んでいる人が多くなってきました。もちろん、正絹の着物は簡単には洗えません。洗うならいったん解いてから洗い張りしなければならないのはその通りです。

着物はどうして簡単に洗えないのか
 着物はどうして洗えないのでしょうか。
 特に袷(あわせ)の着物は洗うと大変なことになります。表地と裏地の生地が違うので、水に濡らすと縮み具合が違うのです。
「単衣(ひとえ)の着物なら洗えるんじゃないの? だって洗えるシルクのパジャマとかあるし!」と思うかもしれませんが、洗うと生地よりも縫い糸が弱るのだそうです。
 着物リメイクのために古着を何枚もほどきましたが、ほどくたびに着物の構造の複雑さに驚きます。何枚も重ねて張りを出している部分もあるし、場所によって太い糸で補強しながら縫ってある部分、表に響かないよう細い糸で縫ってある部分があります。そして、細い糸は濡れると弱り、すぐ切れやすくなります。
 極細の糸で縫ってある部分は、ちょっと布を引っ張っただけですぐに解けます。こういうのを目の当たりにすると、「ああ、着物は解いてサイズ直しをする、汚れた部分を取り換える、ということを前提に作ってあるんだなあ」と、感心します。でも、それがまた「汚れたらすぐ、解かずに洗いたい!洗えない着物は不潔でイヤ!」と思う人が増える原因だったりもするんですね…。

「洗えない」というデメリットを補うために、いろいろなメーカーが新素材を工夫しています。ポリエステルの着物は一見、正絹と見紛うばかりのものもあり、これはネットに入れて洗濯機で洗えるものもあります。それから木綿の浴衣はもともと自宅で洗って翌日さっと着ることができます。
 しかし、「すべての着物は正絹でできている→だから洗えない→面倒くさい!」と思い込んでいる人も多く、それもまた残念です…。それにいくら自宅で洗えると言っても、面積が大きい! ブラウスやシャツを洗うのとは違います……。これでは着物離れが進むのは当たり前ですよね。悲しくてなりません。

 以上が私が考える3つの外的要因です。
 この3点、どれも着物を着るのが大変になる要素ばかりです。これだけでも大変なのに、さらに内的な要因があります。
 これが実は一番重い要因ではないかと私は思っています。
 それが日本人の完璧主義と、思いやり過多です。完璧主義はわかるけど、思いやり過多って? と思う方、ぜひ次回以降をお楽しみに!

前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100911

●赤星たみこ/1957年、宮崎県生まれ。千葉県八街市在住の漫画家にしてエッセイスト。映画化、ドラマ化された作品多数。猫と着物と生活の知恵を愛する石鹸ユーザー。
アバンギャルド(Avant-garde)とは、既成概念を打ち破り、前衛的で革新的な表現を追及する芸術スタイルのこと。オバンギャルドは、前衛的で既成概念を打ち破りつつ、長く生きてきたオバサンとしての矜持も併せ持つ生き方のこと。ワタクシ赤星の造語です。

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