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連載 方言「知らんけどね」

第32回「どーならい」伊予弁
令和8年9月10日
第32回「どーならい」伊予弁



 この8月、お盆に帰省して伊予弁を掘り起こしてきました! 地元で暮らしている友人3名と会い、伊予弁をネタに盛り上がったのです。このコラムを楽しみに読んでくれている友人もいて、これはいい加減なことは書けないなと気が引き締まりましたー。
 今回、ご紹介する「どーならい」は、3人のうちの一人(愛読してくれているのとは別の友人)が「自分にとって、“This is 伊予弁”」と話していたものです。いわば彼女にとっては伊予弁の頂点に君臨している言葉というわけです。
「どーならい」は愛媛県の各地で使われています。「どうにかなるの? いやどうにもならない」という反語的な意味があり、第三者によって使われます。当事者が自分の置かれた状況について使うことはありません。
 インターネットで調べてみると、「どうしようもない」「収拾つかない」「(先を案じて)もうどうにもならない(と心配する)の意」などと出てきます。
 でも「どーならい」には上のような説明では伝えきれない、しみじみとしたニュアンスがあるんですよね。言い方ひとつで同情心あふれるやさしい響きにもなれば、呆れて叱り飛ばしているように聞こえることもあります。でも叱り飛ばすような言い方の時でも、その背景には心配している気持ちがちゃんとあります。決して完全に突き放しているわけではないのです。友人も、「この言葉の背後には“やさしさ”が隠れとる。そこが好きなんよ~!」と話していました。

 具体的には以下のように使います。夏休み終盤、小学生がいる家庭での一場面。

お母さん「ねえ、夏休みの宿題、終わったん?」
子供「これからやるけど、量が多すぎて間に合わんかも…」
お母さん「あーあ、どーならい」

 このお母さんは、息子のだらしなさに呆れながらも、「その宿題、どうするの」と心配しているのです。

 もっと状況が深刻なときにも用いられます。たとえば相次ぐ悲劇に見舞われた一家について。

近所の人1「●●さん宅、おじいちゃんの認知症が進んで一人にしておけんのに、世話してた娘さんが脳出血で倒れたらしいわー」
近所の人2「おばあちゃんも寝たきりに近いしねえ。ほんとにどーならいねえ。気の毒にねえ」

 こういう場合は、「どーならい」には心からの同情心が込められます。でも自分たちにはどうすることもできない。「どーならい」の背景には静かな諦観も含まれているのです。

文/おかだなおこ
前回 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100934

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