読みもの
主犯は日本人の完璧主義と思いやり?着物は着付けが難しい。だから自分一人では着られないと信じている人は多いと思います。こんなに難しいなんて、もしかしたら着物の未来はないかもしれない、着物文化はすたれてしまうかも? などと危機感をもってあれこれ思い悩んでいたら、ふと、ある考えにたどり着きました。
まあ、単なる着物好きなだけの私が着物文化を思い悩むなんておこがましい話ではありますが、ちょっと聞いてくださいね。
着物を着るのが難しくなった最大の原因の一つは、日本人の完璧主義と思いやりのせいではないか、と思うのです。
完璧主義はまだしも、「思いやり」は意外かもしれません。もちろん、ほかの原因もあるでしょう。でも、私の考えるこの二つが一番大きな精神的な要因だと思います。これを「内的要因」とすれば、「外的要因」もあります。外的要因のほうがわかりやすいと思うので、まずそちらから紹介しましょう。
① 第二次世界大戦後のライフスタイルの激変
② 着物業界の戦略ミス
③ 簡単に洗えないという着物の構造
この3点が、私の考える着物離れの外的要因です。
まず、①からご説明すると、ご承知のように、第二次世界大戦後、日本は急速に西洋化しました。明治維新で開国した時も西洋化は進みましたが、洋装文化は皇族や華族、富裕層に限られ、庶民はずっと着物でした。
実際、私の実家にあった昔のアルバムを見ると、祖母(明治時代生まれ)の写真は着物姿ばかりです。昭和10年代でも、昭和2年生まれの私の母の小学校(宮崎県の山奥)の写真には着物の子に混じって詰襟姿の男子がちらほらいる程度で、西洋化もゆっくりでした。
「明治時代の庶民」という言葉で検索してみてください。当時の写真ではほとんどが着物姿です。大正時代になると洋装もちらほら。昭和初期でもほとんどが着物ですが、軍服や制服で洋服を着る人も見受けられました。普通の人の普通の衣服はやはり和装が多かったようですね。
ところが戦後の西洋化のスピードは桁違いです。女性の社会進出も進み始め、会社に行くのに着るのがラク、動くのがラクな洋服を着る人が男女を問わず増えるのは当然のことだったでしょう。

昭和50年代前半まで売り上げは伸びていた
続いて②に行きます。着物を着る人が減ると、当然のことながら、着物の売り上げが落ちます。
AI調べによると、着物産業は昭和50年代前半の約1.8兆円~2兆円をピークに減少し続けています。ちなみに矢野経済研究所「きもの産業年鑑」によると、昭和56年の販売額は1兆667億円となっています。ここで気になるのは、昭和50年代まで成長していた、ということです。
昭和20年に終戦を迎え、庶民はどんどん着物から遠ざかっていったのに、昭和50年代まで成長していたのは、意外ではありませんか? これ、実は着物業界の戦略が一応成功していたせいだと思います。
着物産業の戦略とは、普段着ではなく正装用のゴージャスな着物を売るという方法です。つまり、買う人、買う枚数がどんどん減っていくので、単価を上げて全体の売り上げを伸ばそうという戦法です。地域の新成人が一堂に会して行う成人式は、昭和21年(1946)頃から始まったようですが、成人式が行われるようになったのも、着物業界の戦略と合致したかもしれません。振り袖が売れますからね。
これは私の体感であり、本当に着物業界の方がそういう戦略で行こう!と思ったのかどうかはわかりません。でも、私は昭和32年生まれですし、姉は昭和25年生まれ。昭和という時代の記憶は鮮明です。実際、昨年3月、経済産業省が出した「和装振興に向けて」というレポートの中でも、「1世帯あたりのきものの購入数量は昭和40年代をピークに減少する一方、購入単価は平成の始め頃まで上昇」という文言があります。
正絹じゃなければ着物じゃない
私が小学校高学年のころに見たあるテレビドラマは、呉服屋の主人が出てきて「着物の売り上げが下がっている、どうしよう」と悩むシーンがありました。売り上げが下がっているならウールの着物を売るべきだよ、と言われた店主が、それを周りの人にまた相談すると、「呉服屋は正絹(しょうけん)の着物を売るべきだ、ウールの着物なんてだめだ」と言われてまた悩み、結局「やっぱりうちはちゃんとした着物を売るべきだ!」と結論づける、というエピソードでした。
もちろん上記のセリフは正確ではありませんが、私はこのエピソードがなぜか忘れられなくて長いあいだ覚えていました。着物は正絹だけが正しくて、ウールはダメなの?という疑問とともに。
数年後、姉が成人式を迎えるのですが、その時にまたこのエピソードを思い出しました。うちはそんなに裕福ではなくて、正絹の振袖には手が出なく、母は姉にウールのアンサンブルをあつらえてくれました。
このウールのアンサンブル、今思うと本当にいい買い物でした。別にそれで成人式に出たわけではなく、時折着るだけでしたが、姉も着たし、私も着たし、特別な時にしか着られない振袖でなくてよかった!と思ったものです。そして、母が娘のために着物をあつらえてくれた気持ちが、今になって泣けるほどうれしいのです。
ウールだろうが正絹だろうが、着物は着物。どんな着物でもいいじゃないですか。
と、今なら堂々と言えますが、当時(昭和40年代かな?)の日本では正絹の着物しか認めない!という人がいたのは事実でしょう。
「成人式=振り袖を買う」のが裏目に……
でも、この「着物の売り上げが落ちたから高価な晴れ着で売り上げを伸ばす」というのは一時しのぎに過ぎず、結局は着物離れを進めることになったと私は思うのです。初めてちゃんと着物を着たのが成人式の振り袖という人は多いと思いますが、振り袖となると、最高難度の着付けが行われるわけで、ぎゅうぎゅう締め付けられて苦しいし、汚してはいけないと思うと緊張してしまうし、おまけに美容院なんかで着付けしてもらうとお金がかかるとなると、「ちょっと無理」となるのは当たり前ですよね。
着物業界の戦略ミス(私の独断ですが)は、多くの人たちに「着物は高価」「着物は苦しい」「着物は着付けが難しい」というイメージを植え付けてしまったのです。この思い込みが着物離れを加速させました。そして、着物は簡単に洗えません…。
次の③「簡単に洗えないという着物の構造」は、単なる衣服の作り方、構造の問題だけでなく、日本人と衣服の関係性にもかかわる問題になってきます。そのお話は次回で詳しく!
お楽しみに!
前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100899
●赤星たみこ/1957年、宮崎県生まれ。千葉県八街市在住の漫画家にしてエッセイスト。映画化、ドラマ化された作品多数。猫と着物と生活の知恵を愛する石鹸ユーザー。
アバンギャルド(Avant-garde)とは、既成概念を打ち破り、前衛的で革新的な表現を追及する芸術スタイルのこと。オバンギャルドは、前衛的で既成概念を打ち破りつつ、長く生きてきたオバサンとしての矜持も併せ持つ生き方のこと。ワタクシ赤星の造語です。
