読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第19回
令和8年7月3日
シテ方・大槻裕一さん
「能楽公演のつくり方」<番組篇>



 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。メンバーは現在、8月に予定している主催公演「月イチ能楽講座スペシャル『錦木(にしきぎ)』」に向けて稽古に励んでいるところ。そんな彼らに、能楽の公演を主催する面白さや苦労などを数回にわたって綴ってもらいます。



月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方(こつづみかた)の成田奏(なりた・そう/写真左)、大鼓(おおつづみ)方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真中)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。スマホアプリRadiotalkで聴ける「週イチラジオ」は毎週日曜日の18:30〜(予定)配信中。
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演目の5つのジャンル

 能楽の公演を行ううえで、番組づくりはとても重要です。この「番組」という言葉は、そもそも能楽や狂言に由来するもの。能や狂言の演目を「一番、二番」と数え、その組み合わせを「番組」と呼ぶことから、テレビやラジオなどにも「番組」という言葉が使われるようになったといいます。

 能には現在上演されている演目が、およそ250曲あります。それらは主⼈公である「シテ」の役柄によって、⼤きく5つのジャンルに分けられています。それが「神・男・⼥・狂・⻤」です。江⼾時代には、この5つのジャンルから1曲ずつを選び、その間に狂⾔を挟みながら1⽇かけて上演する「五番⽴(ごばんだて)」という形式が基本とされていました。朝から⼣⽅まで能と狂⾔を楽しむ、いわば能楽版のフルコースです。「五番立」での演能は、現在では上演時間の関係からほとんど⾏われませんが、現代の公演の番組も、この考え⽅をもとに組まれています。


 最初に演じられるのは「神」の能、「初番⽬物(しょばんめもの)」です。神様が主⼈公となり、平和や豊穣、国家安泰を祝福する内容が中⼼です。代表曲には『⾼砂(たかさご)』『養⽼(ようろう)』『⽼松(おいまつ)』などがあります。神秘的でおだやかな雰囲気があり、⼀⽇の始まりにふさわしい演⽬です。

 続いて上演されるのが「男」の能、「⼆番⽬物」です。こちらは「修羅物(しゅらもの)」とも呼ばれ、『平家物語』などに登場する武将の亡霊が主⼈公となります。戦いで命を落とした武者が、死後もなお戦いの苦しみから逃れられず、救いを求めて現れる物語です。『敦盛(あつもり)』『清経(きよつね)』『屋島(やしま)』などが有名で、歴史好きにも⼈気があります。

「三番⽬物」は「⼥」の能です。「鬘物(かづらもの)」とも呼ばれ、美しい⼥性が主⼈公となります。恋愛やその執着、別れの悲しみなどが主題となることが多く、優雅で繊細な舞(まい)や謡(うたい)が魅⼒です。『井筒(いづつ)』『松⾵(まつかぜ)』『定家(ていか)』などが代表作で、能の美しさが最も表れるジャンルともいわれています。


「四番⽬物」は「狂」です。「狂う」と聞くと刺激的な⾔葉に感じますが、⼤切な⼈を失った悲しみや恋慕の情などによって⼼が乱れた姿を描きます。そのため「狂い物」と呼ばれています。⼦どもを探し続ける⺟を描いた『隅⽥川(すみだがわ)』や『百万(ひゃくまん)』などは、哀しみなど⼈間の持つ深い感情が描かれた名作として知られています。また、四番⽬物には他のジャンルに収まりきらない演⽬も含まれ、それらは「雑物(ざつもの)」と呼ばれます。

 最後を飾るのが「⻤」の能、五番⽬物です。⻤や天狗、⿓神(りゅうじん)など超⾃然的な存在が主⼈公となり、「切能物(きりのうもの)」とも呼ばれます。激しい舞や迫⼒ある囃⼦(はやし)が特徴で、華やかな演出によって観客を物語の世界へ引き込みます。『安達原(あだちがはら)/黒塚(くろづか)』『殺⽣⽯(せっしょうせき)』『鵺(ぬえ)』などが代表的な演⽬です。


 また、正式な五番⽴の前には『翁(おきな)』が演じられます。『翁』は通常の能とは異なり、「能にして能にあらず」とも呼ばれる特別な存在です。物語を演じるというよりも、天下泰平や五穀豊穣を祈る神聖な儀式として扱われています。現在でもお正⽉や記念公演など、特別な催しで上演されることが多いです。

「能は難しい」という印象を持っている方は、まず「この演目は神・男・⼥・狂・⻤のどれだろう?」と意識してみることをおすすめします。それだけで、主⼈公の性格や物語の⽅向性が⾒えてきますし、鑑賞がぐっと楽しくなるのです。

 さらに、能の演⽬は物語の構成によって「現在能」と「夢幻(むげん)能」にも分けられます。現在能は現実の出来事がそのまま進⾏する形式です。⼀⽅の夢幻能では、旅の僧などがある⼟地を訪れ、そこで出会った⼈物が実は亡霊や神の化⾝であり、過去の出来事を語ったのち、本来の姿を現すという構成が⼀般的です。最初は少し難しく感じるかもしれませんが、多くの作品が似た構造を持つため、⼀度パターンを理解すると物語を追いやすくなります。


 能に興味を持ちながらも「どの演目から観ればよいかわからない」という声もよく聞きます。個⼈的には、初めての鑑賞には視覚的にも楽しい『⼟蜘蛛(つちぐも)』『船弁慶(ふなべんけい)』『安宅(あたか)』、そして頻繁に上演される演⽬ではありませんが『道成寺(どうじょうじ)』をご覧いただきたいです。⽇頃から⾊々なエンターテインメントに積極的に触れるよう心がけている自分ですが、『道成寺』ほど素晴らしい作品にはまだ出会ったことがありません。この演⽬は予習などで予め調べていくよりも、とにかく体感していただきたいです。

上演形式もさまざま

 現代の能楽公演の番組づくりにも、根底には「五番立」の考え⽅があります。現在、一般的に行われている能楽の公演では、番組中、能は1番か2番、多くて3番というところでしょうか。複数の能を上演する場合には、「五番立」の考え方に基づいて、同じジャンルの演目が重ならないような番組にするのが基本。能楽の業界用語で、装束や登場音楽、流れが被ることを「つく」といい、これを嫌います。「つく」ことがないように番組構成を組み立てるという暗黙のルールがあります。


 8⽉1⽇に東京の⽮来(やらい)能楽堂で上演する「⽉イチ能楽講座スペシャル」の演⽬は、独調(どくちょう)『⽻⾐(はごろも)』と能『錦⽊(にしきぎ)』です。ジャンルでいうと、『羽衣』は三番目物(鬘物)、『錦木』は四番目物(雑物)です。『羽衣』は詞章が美しく、『錦木』とはまた違った謡を聴いていただきたいと思い、選びました。

 独調とは、シテ⽅1名と囃⼦⽅1名が、能の⼀場⾯を謡(うたい)と囃⼦で演奏する形式のこと。今回の公演では、小鼓と謡による独調になります。囃子と謡の2人の息の合わせ方や掛け合い、緊張感漂う演奏が見どころです。

 囃子と謡による演奏形式は他にもあります。囃⼦⽅のうち⼩⿎、⼤⿎、太⿎のいずれか1名と謡1名による「独⿎(どっこ)」や、打楽器が通常とは異なる特別な⼿組(てぐみ=掛け声と音の組み合わせ)で打ち、謡と合わせる「⼀調(いっちょう)」などです。また、笛の独奏は「⼀管(いっかん)」と呼ばれます。


 他にも、能の見どころとなる一場面を、シテ方の舞と地謡のみで演じる「仕舞(しまい)」や、これに囃子を加えた「舞囃子(まいばやし)」という上演形式もあります。能一曲の上演は出演する人数も多く時間もかかるため、現代の能楽の公演では、このような簡易な上演形式を組み合わせて番組をつくることが一般的です。

 能は600年以上の歴史を持つ⽇本の古典芸能ですが、⼈を愛する気持ちや悲しみ、怒り、祈りといった感情は現代⼈にも共通する普遍的なもの。今回の「⽉イチ能楽講座スペシャル」では、能の上演に加えて、解説やアフタートークも予定していますので、そのあたりも詳しくお伝えしていきます。能楽堂でお待ちしております!




大鼓方・河村凜太郎さん「能楽公演のつくり方」<稽古篇>は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100893

小鼓方・成田奏さん「能楽公演のつくり方」<演者篇>は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100885

シテ方・大槻裕一さん「能楽公演のつくり方」<企画篇>は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100884
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