読みもの

赤星たみこの八街やちまたオバンギャルド・ライフ

着物の話―その4「記憶の風呂敷」
令和8年6月24日
着付け教室に通うのが前提?
 私が着付けを覚えたのはYouTubeと本だと言うと、皆さん驚かれます。
「ええっ!?着付け教室に通わなくても大丈夫なの???」と、着付けは教室で覚えること前提になっているようです。
 でも、昔の人は着付け教室に行かなくても見様見真似でちゃんと自分で着物が着られるようになっていたんですよね。
 江戸時代の人は着付け教室に通ってない! 誰もがみーんな着物を普通に着てた! 大丈夫! 私にもできる!(はず)と、自分に言い聞かせて練習しました。
 しかし、ただ練習したわけではありません。「練習」という言葉の前にある言葉が付きます。それは何かというと…。
「毎日」です。
 はい、私は毎日、着物を着てみました。本を見ながら、YouTubeを見ながら、5分でもいいから着てみるか、下手でもいいじゃん、どうせ初心者、江戸時代で言ったら子どもが着ているようなもんだし。と、軽い気持ちで袖に手を通しました。そうしたら、前回書いたようにある日突然、天から光が降り注いできたのです!
 これはやはり「毎日」というのがキーワードです。毎日ちょっとでもいいから袖(そで)を通すと、毎日が復習になるんです。
 着付け教室だと、1週間に1回くらいでしょうか? 着付けに限らず、なにかを1時間みっちり教わっても、次の週には教わったことをほとんど忘れている、ってことはありませんか?

江戸時代の子どもの気分で
 これは私の勝手なイメージなんですが、人間は頭の中にいろんな情報の断片をきちんと包み込む布を持っている、と思っています。まるで風呂敷のような。
 いろんな情報、着付けでいえば着物の名称や着る順番、手つき、力の入れ具合など、本当に種種雑多な情報を頭の中でずれないようきっちり包んでおく風呂敷は、厚くて丈夫で大きなものに限ります。薄い風呂敷だとすぐ破れて、中身が落ちて(忘れて)しまいます。
 私が毎日、家でちょっとでもいいから着物を着てみると、昨日はまだわからない(記憶風呂敷に大きな穴がある)けど、今日また練習するとその穴が少し塞がる感じ。翌日またやると、その穴がまた埋まっていく…。そうやって毎日、忘れないうちに復習していくと、記憶風呂敷が厚く丈夫になっていくのだと思います。
 江戸時代の子どもたちだって、最初は着付けなんか知らないんですよね。でも、毎日着ているうちに記憶風呂敷が丈夫になって動作や順番が記憶に刻まれていくわけです。だから私も江戸時代の子どものようにやってみようと思ったのです。
 考えてみると、毎日5分でもいいから着てみる、というのは、5分ピッタリで脱ぐわけではなく、最低でも10分くらいは着ているわけです。
 着付け教室は週1回1時間練習するとして、一か月に4時間です。
 毎日家で10分着る人は、週に70分。これだけでも着付け教室より長く着ています。30日だと300分、なんと5時間着ていることになります。これは記憶風呂敷、厚くなりますよ~!
 
帯は世界一かっこいいコルセットだ!
 そして、これには思いがけないおまけがついてきました。私が毎日着物を着ていたら、夫が興味を示し始め、なんと夫まで着物にはまったのです!
 男物の着物はおはしょりがない分、女性よりも着付けが簡単です。
「男物の最大の難関は帯だから、それさえ覚えればラクに着られるよ」と言うと、夫はさっそくYouTubeを見ながら練習を始めました。それが、着物を着るのではなく、普通の短パンとTシャツの上から「さあ、一日一締めだ」と言って帯を腰に巻いているのです。そうやって毎日結んでいるうちに覚えてしまいました。一番簡単な結び方だけですが、それでもいざ着物を着ようか、というときにはちゃんと結べます。
「帯は世界一かっこいいコルセットだ!」というのも夫の弁。当時、少し腰痛があったのですが、帯で腰をきっちりホールドすることで腰痛がちょっとラクになると喜んでいました。
「ネクタイだって初めて結んだときはわからなかったけど、毎日結んでいたら覚えるよなあ。45年くらい結んでなくても今、結べるもんな」というのもよく言います。
 週1だと、記憶が定着していない(風呂敷が薄い)状態で次のことをやるので、最初に習ったことを覚えきれないということが起きます。だからこそ、記憶を定着させるためには毎日復習するのがいいんですね。



練習しなくては着られない民族衣装……
 しかし、私はこんなに練習を積まないと着用できない民族衣装、ほかには知りません。当時、姪がインドネシア在住だったので聞いてみましたが、彼の地の女性の民族衣装は、レースや刺繍が美しいケバヤという華やかな上衣に美しいロングスカートを合わせたものが一般的とのことですが、簡単な着付けで誰でもすぐ着られるそうです。写真を見ても、確かに、いろんな紐や帯などがなくてすっきりしてますよね。
 インドのサリーもYouTubeで着付けのやり方を見ましたが、これもシンプルで着やすそうでした。ヨーロッパもいろいろ調べてみましたが、寒い地方は重ね着をするので順番が難しそうでしたが、日本の着物ほど着付けで印象が変わることもないように見受けられました。
日本の着物は、襟の抜き方ひとつとっても様々な意見があって、どれが一番正しいのか迷う人がとても多いようです。日本の着物はどうしてこんななに着付けが難しいのか…。いえ、本当は難しくないんです。でもなぜか「難しい」と信じ込まされているのだと思います。
 次回はそのあたりを深堀りしていきたいと思います!

前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100887

●赤星たみこ/1957年、宮崎県生まれ。千葉県八街市在住の漫画家にしてエッセイスト。映画化、ドラマ化された作品多数。猫と着物と生活の知恵を愛する石鹸ユーザー。
アバンギャルド(Avant-garde)とは、既成概念を打ち破り、前衛的で革新的な表現を追及する芸術スタイルのこと。オバンギャルドは、前衛的で既成概念を打ち破りつつ、長く生きてきたオバサンとしての矜持も併せ持つ生き方のこと。ワタクシ赤星の造語です。



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