読みもの
「着物=正装」という思い込み多くの日本人が着物を初めて作るとき、または初めて着るとき、それは「晴れ着」ではないでしょうか?
成人式に着る振袖、男性だったら羽織袴。それから七五三の時の着物。身内の結婚式で留袖をレンタルするとか。
着物を持っている人に話を聞くと、「結婚するときに親にあつらえてもらった訪問着があるけど、一度も着てない」という人も多いのですが、それはやっぱり正装だからでしょう。
正装だと、確かに着ていく場所が限られます。訪問着を着てスーパーへお買い物、なんてとてもできません。もし汚したらどうしよう? 着崩れたらどうしよう? 何か間違っていたらどうしよう? と、着物へのハードルがどんどん高くなります。
この「着物=正装」という考え、思い込みが、着物へのハードルをものすごく上げていると私は思います。この思い込みがあるから、着物を着ることが非日常になってしまうのです。
いや、もちろん、正装は美しいし、着ている人もそれを見る人も眼福ですし、絶やしたくない日本の文化です。かくいう私も華やかな席には晴れ着を着て出席したいです。義母が作ってくれた訪問着も美しい花柄でした。でもそれは日常着にはならなくて、特別な時のものなんです。でも、正装の着物だけだと、着物文化はすたれてしまうのではないでしょうか。もっと地味な色、シンプルな柄、スーパーに着て行っても浮かない、洗える着物。そこから始めれば着物に対する「めんどくささ」はガクッと減るのに…。
ユニクロよりしまむらより安い!
着物は「着るもの」ですから、そんな正式じゃない日常着でもいいんです。着飾らなくてもいいんです。普通にジーンズとTシャツ感覚で着る着物があってもいいじゃないですか。
なんて偉そうなことを言ってますが、この境地にたどり着いたのは、やはり着物を手に取って着てみた体験を重ねてからで、何十年もかかりました。やっぱり最初は「晴れ着」とか「正装」のイメージしか持てなかったんですよね。
でも、前回ご紹介した古着のウールの着物を300円で入手してから気持ちが変わりました。300円ならユニクロより安い!しまむらより安い!今まで高価で手が出なかったけど、これなら汚しても最悪自分で洗ってもいいかも。もしダメになっても惜しくない!
最初は近所に住む姉に来てもらって、そのウールの着物を着せてもらいました(姉は一応着付け師のお免状を持ってます)。襦袢や紐などの小物類は姉に借りて着てみたら…。
「あら、悪くない!」
それが第一印象。花柄の晴れ着みたいに仰々しくなくて、グレーの地に細いチェックが入っていて、ほんとに普段着!って感じ。

そうか、私は晴れ着の華やかさが苦手だったんだ!と気づきました。いつもの私は花柄の洋服は全く持っていないのに、着物になるとどうして急に花柄を着なければならないのか?という疑問を持っていたのですが、ただ単に地味な柄の着物を持ってなかっただけなんだ!と、目から鱗が落ちました。
You Tubeが着付けの先生
でも、いつもいつも姉に着せてもらうわけにはいきません。というわけで、自分で着てみたのが前回ご紹介したのが襦袢・帯なしの着方です。
普通の「着付け」も身につけましたよ。「着物を着るにはたくさんのルールやいろんな道具があり、着付け教室に通わないと着られるようにはならない!」という思い込みを持っている人もいるかもしれません。
私も最初はそう思いました。自宅から近くにある着付け教室に通おうかなと考えて調べてもみました。でも私は漫画家です。生活がものすごく不規則です。徹夜仕事の翌日は、家から一歩も出たくない……。決まった曜日の決まった時間に通うなんて、そんなことは……。
というわけで、私は本とYou Tubeで覚えました。
いきなり格式の高い式典に出るための着付けを覚えようとすると超難しいですが、ごく普通の普段着を着るだけなら本とYouTubeで十分だと思っています。
だって、昔(江戸時代とか明治時代、昭和の初期くらいまで)はみんな着付け教室とか行かずに、自分で見様見真似でちゃんと着ていたんですから。
着物の神様が光の杖を振る
最初は本を見ても、まったくチンプンカンプンで、「ええい!わからん!!!」と本を床にたたきつけたこともあります…。
でも、毎日10分~30分でいいから着物を着ているうちに、ある日突然「ああ!」とわかる日が来たんです。着付け教室だと週1回とか、下手すると月1回という間隔なので、次の回では前回習ったことをきれいに忘れてるんですよね。
昨日やったことを忘れないうちに今日、復習する。これが着物の仕組みや着付けの順番を体に定着させるいい方法だと思います。
もちろん、最初は着崩れします(だから家の中だけで着るんです)。そして、ちょこちょこ着ているうちに「ここを引っ張れば直せる」「ここをこう持ってくれば緩まない」というのがわかってきます。
毎日、10分でいいから着物を羽織る、ちょこっと紐で結んでみる。帯はなくてもOKです。着物を羽織ることに慣れたころ、帯の結び方を本で見てやってみる。だめでもOK。翌日また結んでみる。…と、繰り返しているうちに、パアアアッと光が差してきます。ほんとですよ。着物の神様が光の杖を振って、光を降らせてくれるんです!
だいたい半年くらいだったかなあ? ほんとにある日突然、そういう気持ちになったんです。
そこまで大げさじゃなくても、着物は毎日触って、羽織って、歩いてみると覚えます。晴れ着じゃなくて、浴衣や古着屋さんで買った安い着物で毎日練習、毎日着物。これが私の着付けを覚えたときのモットーです。
前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100880
●赤星たみこ/1957年、宮崎県生まれ。千葉県八街市在住の漫画家にしてエッセイスト。映画化、ドラマ化された作品多数。猫と着物と生活の知恵を愛する石鹸ユーザー。
アバンギャルド(Avant-garde)とは、既成概念を打ち破り、前衛的で革新的な表現を追及する芸術スタイルのこと。オバンギャルドは、前衛的で既成概念を打ち破りつつ、長く生きてきたオバサンとしての矜持も併せ持つ生き方のこと。ワタクシ赤星の造語です。
