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鏝―左官に欠かせない道具の話扉の作業を見せてもらった後、2階へと上がりました。2階も内部は柱の見えている真壁で、この時は斑直しを終え、中塗りの真っ最中でした。中塗りを終えると残るは漆喰で仕上げるだけなので、壁のほぼ最終段階を迎えているというわけです。あちらこちらにいろいろな道具が置かれています。

「窓の扉はこれからで、今は土を塗っていくための下地を作っているところです」
蔵の窓の扉も、1階の大きな扉と同じ3段の階段状になりますが、この時はまだ下地の板がそのまま見えていたのもあれば、最初の塗りが終わった状態のものもある状態でした。
ここから荒壁を作って形を作り、斑直し→中塗り→漆喰仕上げと進むわけです。1階の扉は大きいので、先にも書きましたが、下地は竹小舞です。


2階にはさまざまな鏝が並んで置かれていました。そういえば1階の扉の近くにもいろいろな鏝がありました。

「これは中首鏝(なかくびこて)といって、先が三角形になっているので、隅っことかが塗りやすいんです」

この中首ができたのは江戸時代の中期くらいだそうです。
「当時の左官がこういう形の鏝があったら便利だろうと考えて作ってもらったんでしょうね。それまではこういう四角の鏝しかなかったんですよ」
長谷さんがいろいろな鏝の入ったケースを持ってきてくれました。形や大きさもさまざまですが、素材も違うようです。
「これは木鏝で、こっちはプラスチック、こっちが金属です。金属といっても材質が違って、ステンレスに本焼き、地金…。全部用途が違います。鏝の話になると、もう大変ですよ(笑)。道具あっての職人ですから、いくらでも話せます」
ちなみに本焼きとは最も硬い鏝で、セメントや石膏を扱うのに向いているそうです。逆に地金は柔らかい鏝で土や漆喰に向いているとか。またステンレスの鏝は「硬くてつるつる」なので、土やモルタルを塗るときは滑って塗りにくいけれど、最後の仕上げに用いるときれいな仕上がりになるそうです。下の写真で長谷さんが手にしているのは「面引き(めんひき)」という鏝で、角を作る時に引く(作業する)鏝だそうです。


左官の工法や道具は現在も進化中
これらの鏝はすべて長谷さんの個人所蔵です。蔵をやっているといろんな鏝が必要になるので、いつの間にか揃っていたと話します。でも、こういう道具を作る職人さんが今はすっかり少なくなったそうです。
「ずいぶん減ったと思います。だから今あるものは大事に使わないといけない。この話は左官に限った話ではなくて、どの職人の世界でも同じでしょうけどね。きっと道具を作るための材料も採れなくなっているんじゃないですか?」
阿波の藍染めの道具「ハネ」(藍を発酵させるための道具)に欠かせない「鹿子(かご)の木」、和紙の原料となるコウゾやミツマタ、漆芸用の筆(蒔絵筆)に用いる猫毛やネズミ毛……、道具以前に材料が不足しているという話は枚挙にいとまがありません。
「でも左官の道具は、今も新しい素材を取り入れて進化しているんですよ。昔はステンレスの鏝なんてなかったし、中首鏝も作られたのは江戸中~末期なので、左官の歴史から考えるとそれほど前の話ではない。つまり、左官は伝統的な工法ではあるけれど、決して完成された工法ではなく、ずっと進化を続けてきたし、これからも進化していく技術だと思っているんですよね。いつか中首鏝を考えたようなすごい人が登場して、新しい塗り方や材料を見つけるかもしれない」

私は頭のどこかで伝統的な技術=完成された技術と思っていたので、この長谷さんの言葉に意表を突かれました。確かに左官という技術は、伝統的工芸品のように愛でる作品を作るためにあるわけではなく、実際に暮らしの場面で使われるための技術なので、常に新しい素材や知見を取り入れてきたというわけですね。
「もちろん、この蔵や社寺建築のような文化財の組み直しや修理の現場では、なるべく新しいものは使わないようにという指定があります。だから今回のこの蔵の仕事でも、川越市の意向に沿って以前の建物と同じになるように作業していますが、僕自身は蔵という建物はもっと進化できると思っています」
なるほど。文化財の指定を受けているので同じように再建するけれど、長谷さん自身はもっといい対処法があると考えているわけです。長谷さんが左官という技術に対して誠実であることがよくわかります。
「たとえば僕が江戸時代の建物の修理をすると、当時その建物を作った左官は、自分が立てた建物の100年後、200年後の結果を知らないけれど、僕らは結果を知っているわけです。ここの部分の傷み方が激しかったとか、ここのやり方はよくなかったのではないか、とかね。その結果を知っているのに、解体前と同じように再建するのは、職人としてもやもやするんです。文化財を修復するのにこういう考え方は異端なのかもしれませんけど、蔵は進化していく建物だと思うんですよ」
(次回:3月11日掲載予定 取材・文/岡田尚子)
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