皇室WEB
第14回の済生会の記事で紹介したように、古来、皇室は人々の健康と暮らしを案じられてきた。
昭和天皇、香淳皇后もそのお気持ちを強く持たれており、
戦前から、日本と世界から結核をなくすための活動と、
母子に健やかな日々をもたらす活動を推進、支援されてきた。
今回は「結核予防会」と「母子愛育会」に対する皇室のかかわりを紹介する。
(95号より)
結核予防会の設立
結核は古代エジプトのミイラにすでに感染が見られるほど古い病気で、日本でも弥生時代後期にはあったと考えられる。明治以降、近代化に伴う人口集中に伴って国内に蔓延し、昭和10年代(1935~1944)には死因の首位を占めるまでになった。青年層が多く罹患したことから「国民病」「亡国病』と恐れられた。
昭和14年(1939)4月28日、香淳皇后はこの事態を憂慮し、結核予防のためにとお手許金50万円をご下賜。5月1日、当時の内閣で結核予防会設立が閣議決定され、同月22日に秩父宮妃を総裁として財団法人結核予防会が発足した(現在は公益財団法人)。
創立以来、同会は研究所や療養所を設立するとともに、啓蒙活動などを活発に展開。昭和27年(1952)には国際結核予防連合に加入し、WHO(世界保健機構)や東南アジア諸国との協力など、国際的な活動も行っている。
同会の活動もあり、令和3年(2021)に日本の結核罹患率は人口10万に対し9.2となり、初めて結核低蔓延国の水準である10.0以下となった。令和5年の罹患率は8.1で、前年の8.2に比べ0.1の減少となり、低蔓延国の水準を維持している。

秩父宮妃記念結核予防功労賞
初代総裁の秩父宮妃は、昭和28年(1953)に秩父宮を結核で亡くされたこともあり、半世紀以上にわたって結核予防に尽力された。同会では「秩父宮妃記念結核予防功労賞」を制定し、結核予防のために貢献した個人・団体を国内外から選考し表彰している。
平成6年(1994)には秋篠宮皇嗣妃殿下が総裁にご就任。以来、積極的に活動されており、令和4年3月24日の世界結核デーにあたっては、創立100周年を迎える国際結核・肺疾患予防連合からの求めに応じ、おことばを寄せられた。
またご就任された平成6年から結核予防について研究をはじめ、同25年(2013)にお茶の水女子大学に論文「結核予防の意識と行動について――結核予防婦人会講習会参加者・女子大学生の調査より――」を提出。同大学より博士(人文科学)の学位を取得された。同30年(2018)には国際結核肺疾患予防連合より「名誉会員」の称号を授与されている。
母子愛育会とは
母子愛育会は昭和8年(1993)の上皇陛下ご誕生に際し、昭和天皇から賜ったご下賜金を基に、翌9年3月13日に恩賜財団母子愛育会として設立された(現在は社会福祉法人)。初代総裁は久邇宮妃(香淳皇后の母)である。
当時の日本は戦時下で、国民の健康を指導・管理する保健所や、衛生行政を行う厚生省も設置されておらず、昭和8年の新生児・乳児死亡率は出生1000人に対し170を超えていた。
愛育会は母子の保険に関する調査を行うとともに、昭和13年には愛育病院を開院。また農村漁村の新生児・乳児死亡率低下に取り組む「愛育班」活動を推進するなど、母子保健・福祉の課題に取り組んできた。

女性皇族が歴代総裁をお務めに
昭和23年(1948)、三笠宮妃が第2代総裁にご就任。同44年(1969)から愛育班全国大会が始まると、毎年臨席し、会の活動を支援し続けられた。同年には上皇后陛下からご自身作曲の「おもひ子」の著作権が下賜されている。
平成22年(2010)には秋篠宮妃殿下が第3代総裁にご就任。各地の母子愛育会に足を運んで、活動状況を視察されているほか、世界妊娠高血圧学会や国際母子手帳会議国際会議に臨席されるなど、母子保健の向上について尽力されている。
なお、承子(つぐこ)女王殿下、悠仁親王殿下は、それぞれ昭和61年(1986)、平成18年(2006)に母子愛育会が運営する愛育病院でお生まれになっている。
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