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伊勢神宮(正式名称は神宮)では、20年に一度、御社殿と御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)を新たにして大御神にお遷りいただき、神威のより一層の高まりを願う至高の祭典「神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」が斎行されています。
第63回神宮式年遷宮では、令和15年に大御神を新宮(にいみや)にお遷しする遷御(せんぎょ)が行われる予定です。令和7年5月から開始されているその諸祭儀の模様は、季刊誌『皇室』の連載「第63回神宮式年遷宮」で詳しくお伝えしています。
この連載では誌面で紹介しきれなかった令和7年6月初旬の「御神木の奉迎送(ほうげいそう)」をご紹介。木曽地方で伐り出された新宮ご造営のための御神木が、およそ1週間をかけ、長野、岐阜、愛知、三重の各県下で熱烈な歓迎を受けながら伊勢へと運ばれていった様子をお伝えします。

御神木を運ぶトラック
令和7年6月3日、長野県上松町(あげまつまち)の木曽谷(きそだに)国有林で行われた御杣始祭(みそまはじめさい)で伐り出された御神木は、上松町での3日間にわたる御神木祭の後、同月6日、いよいよ伊勢へ向けて出発します。昨日までJR上松駅前の奉安所に奉安されていた御神木は、この日の朝、トラックに積み替えられていました。

トラックの荷台には御神木が3本積まれています。御神木は後ろから見て下右側が御杣始祭で伐り出された内宮(ないくう)御料、上が同じく外宮(げくう)御料、下左側はあらかじめ伐木されていた予備木とのこと。木口には白い和紙が貼られ、美しく整えられています。

紅白幕を巡らせた荷台の四方には榊が立てられ、紙垂(しで)を付けた縄で囲まれており、御神木は紅白の綱で荷台に固定されています。
トラックはピカピカの新車。日ごろから地元の「木曽ひのき」をはじめ材木の取り扱いに精通した「上松陸送」が用意した特別仕様で、車体は御神木に合わせた長さに造られています。早朝から社長さん自ら車体を確認したり飾りつけをしたりと、準備に余念がありません。

トラック前面には日の丸の旗が掲げられ、晴れやかな雰囲気です。ナンバープレートの下には、なにやら取っ手のようなモノがついていて、ドライバーさんが確認しています。

じつはこれも御神木のトラックならではの特別仕様。これから伊勢へ向かう途上の各地では御神木の奉迎・奉送祭が行われ、地域の人々による御神木の奉曳(ほうえい)が予定されています。奉曳は御神木をトラックに載せたまま行われるので、その曳(ひ)き綱をトラックに取りつけられるようカスタマイズしてあるんです。
そして、トラックのナンバー「63-07」は「第63回式年遷宮」と「令和7年」にちなんだもの。御神木の奉送にかける気合が伝わってきます。
大役を担うドライバー
御神木の奉送では、2人のドライバーさんが交代で目的地の伊勢神宮を目指します。そのうち1人のドライバーさんに「大役ですね」と声をかけてみると、「そうなんですかね?」と、この時点ではあまりピンときていない様子。
「御神木を運ぶルートでは先導車が先を行くので、ひたすらその後をついていくことになります。途上の各地で奉曳があるので、そのときはエンジンはかけてゆっくり進みます」と、今回の任務について話してくれました。

出発を前に、記念撮影をするドライバーさん。その後ろのトラックの運転席には、伊勢神宮の内宮のご祭神「天照皇大神」と外宮のご祭神「豊受大神」の御神札が並んでいます。
いざ、出発!
午前8時からの奉送行事では、御神木の前で歌とお囃子(はやし)に合わせて獅子舞が披露されました。その歌は御神木祭で何度も耳にしたフレーズで、伊勢神宮の御神木を送り出す木曽の人たちの誇りと喜びが伝わってきます。
青空のもと、大勢の人たちが見守るなか、いよいよ御神木の出発です。先導の白バイに続くのは、太鼓を取り付けた「神楽(かぐら)」を担ぎ、木曽の祝い唄「高い山」を囃(はや)し唄う浴衣姿の男衆。その後を、御神木のトラックがゆっくりと進みます。日の丸の小旗を振って見送る人たちに、運転席からドライバーさんが手を振って応えます。

駅前の道から旧中山道へ出たトラックは速度を上げて走り出しました。木曽の祝い唄とともに、地元の人たちがその後ろ姿を名残惜しく見送ります。

この日、御神木は旧中山道を南下しながら近隣の町や村に設けられた会場をめぐり、岐阜県を経由して愛知県犬山市に入ります。
(次回に続きます)
[取材・文/中尾千穂]
第1回「上松町(あげまつまち)での『お木曳(きひき)行事』」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100628
第2回「護山(もりやま)神社での御神木祭」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100871