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お伊勢さまの御神木がやってきた!

連載 第2回 護山もりやま神社での御神木祭<1>
令和8年5月21日

 伊勢神宮(正式名称は神宮)では、20年に一度、御社殿と御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)を新たにして大御神にお遷りいただき、神威のより一層の高まりを願う至高の祭典「神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」が斎行されています。
 第63回神宮式年遷宮では、令和15年に大御神を新宮(にいみや)にお遷しする遷御(せんぎょ)が行われる予定です。令和7年5月から開始されているその諸祭儀の模様は、季刊誌『皇室』の連載「第63回神宮式年遷宮」で詳しくお伝えしています。
 この連載では誌面で紹介しきれなかった令和7年6月初旬の「御神木の奉迎送(ほうげいそう)」をご紹介。木曽地方で伐り出された新宮ご造営のための御神木が、およそ1週間をかけ、長野、岐阜、愛知、三重の各県下で熱烈な歓迎を受けながら伊勢へと運ばれていった様子をお伝えします。


裏木曽で奉伐された御神木

 連載第1回[https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100628]でもお伝えしましたが、御神木は正式には「御樋代木(みひしろぎ)」といい、伊勢神宮の神々の御神体をお納めする御器(みうつわ)である「御樋代」を奉製する御料木(ごりょうぼく)です。御樋代木は、木曽谷(きそだに)と裏木曽の「御杣山(みそまやま)」(神宮式年遷宮のための御用材を伐り出す山)で伐り出され、「御神木」として、両御杣山の地元で盛大な御神木祭を行った後、それぞれ伊勢へ向けてトラックで運ばれました。

 第1回では、木曽谷(長野県上松町/あげまつまち)での御神木祭での奉曳の様子を紹介しましたが、今回の舞台は、もうひとつの御杣山である裏木曽(岐阜県中津川市)の地元、中津川市付知町(つけちちょう)です。裏木曽では、令和7年6月5日に「裏木曽御用材伐採式(うらきそごようざいばっさいしき)」が行われ、御樋代木が奉伐されました。その後、御神木はトラックに奉戴されて山を下り、付知の集落を見下ろす山裾に鎮座する護山(もりやま)神社に運ばれました。

木曽のお山の護り神

 木曽の山の護り神で、地域の山仕事に携わる人々の崇敬を集める護山神社。広々とした境内には、いかにも山の神社といった佇まいの美しい木造建築の社殿が並んでいます。

 ここで、護山神社の創建について紹介しておきましょう。現在は国有林となっている木曽山林は、江戸時代までは尾張藩の管轄で、その伐採は厳しく管理されていました。ところが、天保9年(1838)に江戸城・西の丸御殿が焼失した際、神宮御用材以外の伐木は禁忌とされていた木曽山中の「出(いで)の小路(こうじ)」より、江戸城の再建用材が大量に伐採されました。すると、山鳴りや山火事が相次ぎ、尾張藩主は妖夢に悩まされ、怪異は江戸城大奥にまで及びました。これが山神の祟りとされ、幕府は「出の小路」のすべての伐り株に注連縄(しめなわ)を張り、祭典を執り行わせました。その後、「出の小路」の山中に現在の護山神社の奥宮(おくみや)が建てられ、その里宮(さとみや)として山への入り口となる付知の集落に本社が創建されたのです。

 令和7年6月5日午後4時前、護山神社では、宮司さんはじめ総代さんや氏子さんなど、地元の方々が御神木を待ち受けていました。そこへ、トラックに奉戴された2本の御神木が到着。拍手と歓声が上がります。


木口を「菊の御紋」になぞらえた形状に

 境内には、四方に忌竹(いみたけ)を立て、注連縄の張られた作業場が用意されています。ここで、御神木を美しく整える「化粧掛け」の作業をするためです。2本の御神木はそれぞれ、長さおよそ6.6メートル、末口(すえくち/木が生えていたときの上方の径)48センチ、重さ1.5~2トン。作業場内に井桁(いげた)に組まれた丸木の上に、クレーンを使って慎重に安置されました。

 作業場では、白い作業服とヘルメットを身に着けた杣夫(そまふ)の方々が立ち働いています。杣とは、山で木を伐る樵(きこり)を表す言葉。地元の林業関係者と神宮職員から構成される杣夫の方々は、この日の御神木の奉伐に奉仕しました。彼らは2班に分かれ、これから2本の御神木の化粧掛けを行います。

 御神木の木口には、16角の曲面に加工する「頭巾(ときん)巻き」を施します。これは、木材を谷に下し、川に流して搬出した時代、木材の損傷を防ぐ目的で施されたものの名残だそう。杣夫の間では、この16角の形状を皇室の「菊の御紋」になぞらえて語り伝えられているとか。

御神木のかけらをいただく

 頭巾巻きでは、木口を少しずつ手斧で削り、なめらかな半球状に仕上げていきます。木っ端(こっぱ)が飛び散り、辺りに清々しいヒノキ香が広がります。作業場を囲う柵の周りには、地元の人たちがその様子を見に集まってきました。

 しばらくすると、作業で出た木っ端を集めていた法被(はっぴ)姿の世話役の方々が、「神宮さんから許可をいただきましたから、お一人一つずつどうぞ」と、見物の人たちに一つずつ手渡し始めました。御神木のかけらがいただけるとあって、みんな目を輝かせて手を伸ばしています。

 かけらを手にした男性に「記念になりますね?」と話しかけると、「このへんには20年前のを持ってる人もいっぱいいるよ。自分は神棚に飾ってる」と話してくれました。


(次回に続きます)

[取材・文/中尾千穂]

第1回「上松町(あげまつまち)での『お木曳(きひき)行事』」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100628
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