読みもの

ニッポン超絶技巧――職人さん探訪

第2回 左官の匠―その15
令和8年7月29日
日本では麻袋が手に入らない
 材料の中には需給とは別次元のレベルで入手できなくなったものもあります。
 長谷さんはその一例として白漆喰に入っているスサを見せてくれました。この連載の最初の方で紹介したように荒壁用の土になど混ぜるスサは藁でしたが(連載その3参照  https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100778)、漆喰の原料である石灰に混ぜるスサは麻です。麻にも色を脱色していないスサと、脱色した晒しスサがあり、今回の白漆喰には麻を細かくして脱色した「シラユキ」が入っています。
「この麻が輸入品なんです。ご承知のように今の日本では麻を栽培できないので、海外から果物やコーヒー豆を入れて日本に送られる麻袋を再利用しているわけです。麻自体はまったく栽培されていないわけではないんですけど、国に厳重に管理されていますし、工業製品にまわせるほどの量は栽培されてないんです」



 漆喰の主成分の石灰も昔とは違うものになっています。国内自給率100%というのは変わりませんが、その成分が違うのです。昔はカキやシジミなどの貝殻を焼いてつくった「貝灰(かいばい)」が主流でした。その後、近代産業の発展とともに、石灰岩の採掘と焼成が本格化し、完全な工業製品となりました。ちなみに石灰には生石灰(せいせっかい)と消石灰(しょうせっかい)の2種があり、生石灰には「水と反応して発熱する性質」があります。この生石灰が発熱すると、消石灰に変化します。左官が用いるのは、もちろん消石灰の方です。
「石灰の質は確実に今の方が良質だと思います。なかには質が劣化したという人もいますが、それは粉が細かすぎるからなんですね。だからもっと荒いのがいいといって貝灰を入れる人もいますが、質そのもので比べれば、今の方が良質だと思います」
 白さ、ひび割れにくさ、そして塗る時の滑りやすさなど、今の消石灰のクオリティのほうが高いのだそうです。

 消石灰は漆喰の原料のほかに、肥料や消毒薬として用いられており、非常に身近な存在です。ただ、不純物の少ない高純度な左官用の消石灰を作る窯はもう全国に数か所しか残ってないとのこと。特に文化財の補修などで使われる消石灰を焼ける窯は四国、九州、栃木の3か所のみとのことで、伝統産業が置かれた厳しい現実は、こういう数字からもわかります。

白ノロとは? 遊離石灰とは?
 9時45分頃、2度目の白漆喰塗りの前に、長谷さんが若手の古川さんとなにかの作業を始めました。白いヨーグルト状のものを濾(こ)し器にいれて濾しています。実は、これがこの日の記事の冒頭(連載その13参照 https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100903)でも紹介した白ノロでした。



 白漆喰は消石灰に糊成分と細かく刻んだスサを混ぜたものでした。白ノロとは、白漆喰からスサを取り除いたものです。
「あらかじめ作っておいた白ノロを濾して、遊離石灰とゴミを取り除いています。2度目の白漆喰を塗った後でこの白ノロを塗っていくので、その準備をしているんです」
 遊離石灰とはなんでしょうか?
 消石灰は、化学名でいえば水酸化カルシウムです。先にも見たように、この消石灰にスサ、糊を加え、水で練ったものが白漆喰でした。遊離石灰とは、上記の白ノロを作る工程で、水などの他の成分と結合せずに単体で残った酸化カルシウムなのです。



「白ノロの中に遊離石灰(水酸化カルシウム)が残っていると、きれいに仕上がらなくなるんです。白ノロも黒ノロも塗る厚さは紙1枚分もない。その薄さの中で遊離石灰が動くと線ができたり、先に塗った漆喰を傷つけたりする。遊離石灰は長い間時間を置いたほうがたくさん浮かび上がってくるので、あらかじめ作っておいて、浮かび上がってきたのを丁寧に除去するんです」
 白漆喰の作業終了後に、この白ノロを塗ってから最後の仕上げとなる黒ノロを塗ると、白漆喰に直接黒ノロを塗るよりも、黒ノロが定着しやすくなり、見栄えが良くなるのだそうです。黒ノロの成分については後で詳しく説明します。

「同じ失敗をしてきた人と一緒に作業したい」
 9時50分頃、2度目の白漆喰を塗る作業が再開されました。長谷さんによれば「ここからは塗るというよりも押さえの作業。表面を整えていきます」とのことで、確かに鏝で押さえつけるようにして塗っています。両手を使って押さえる時もあります。



「でも鏝のエッジを立てるのは良くないんです。特に真ん中のあたりを塗る時、エッジを立てると、そこだけ圧がかかって漆喰がつぶれて、中の水分が外に出てくる。そういう風な塗り方をしたところは水引が早いので、壁に乾きムラができる。だから塗る時は鏝を平面にして横に引っ張るようにして塗ります。特に今日のような、ある程度の広さの壁を塗る時はムラが出ないよう、これまでに同じ失敗をしてきた人たちと一緒に作業するようにしています」
 「同じ技量の人」ではなくて「同じ失敗をしてきた人」と表現するあたりが、長谷さんならではだなあと思います。



(次回:8月5日予定 取材・文/岡田尚子)

その14(前回)https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100904
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