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「仏像」と聞けば、慈悲深い表情をたたえ、人々を救済し、悟りへ導く如来像や菩薩像がすぐに思い浮かびます。しかし、四天王像のように、甲冑を身にまとい、怒りの表情で見る者を威嚇しているような姿の仏像も少なくありません。
そんな「たたかう仏像」を集めたユニークな展覧会が東京・丸の内の静嘉堂文庫美術館で開催中です。
では、「たたかう仏像」は何とたたかっているのでしょうか。
1月9日、同展の内覧会で行われた同館館長や担当学芸員による解説でその謎が解けました。人の世は過酷です。時代が乱世であればなおのこと、人々は災厄、疫病、戦などに苦しめられます。また人は己の心に巣食う「煩悩」にも苛まれます。仏像が武装しているのは、そういった現世の苦しみとたたかい、人々を守り、救うためだったのです。また、救われる側からしても、武装していかにも強そうな仏像なら私たちを守ってくれるという気持ちになったのでしょう。「たたかう仏像」は、救われたいという人々の切実な気持ちを表した「祈り」の形だったのです。
同展は3章構成となっており、第1章「救済の最前線─たたかう仏像のさまざまな姿─」では、絵画に描かれた多様な仏像の姿が展示されていました。「救済の最前線」という言葉からも「たたかう」=「救う」であることがよくわかります。
特に目を惹かれたのは、11~12世紀の宋時代に描かれた「妙法蓮華経変相図(みょうほうれんげきょうへんそうず)」でした。全長4292㎝におよぶ長大な経典で、日本人にも親しみある「法華経」をわかりやすく絵解きしており、菩薩や毘沙門天が苦しむ人々を救う様子が描かれています。

この第1章では、ほかにも千手観音と二十八部衆(にじゅうはちぶしゅう)を描いた「千手観音二十八部衆像」(南北朝時代 14世紀)や、「摩尼宝珠図(まにほうじゅず)」(鎌倉時代 14世紀)、「地蔵菩薩十王図」(高麗時代 14世紀)など、人々に寄り添い、人々を救う存在としての仏像が多様な姿で紹介されています。ちなみに二十八部衆とは、千手観音に付き従う眷属(けんぞく/従者)です。
第2章「静嘉堂の仏像×俑(よう)」では、静嘉堂文庫美術館の仏教彫刻コレクションと、後漢時代から唐時代の神将俑(しんしょうよう)が並べて展示されていました。俑とは中国の墓に納められた土器・陶器製の人形です。秦の始皇帝の兵馬俑が有名ですね。神将とは鎧を身につけた仏像のこと。つまり神将俑とは副葬品として墓に納められた「武装した仏像」だと考えられるのです。
この展覧会では、日本の仏像彫刻のルーツに迫る試みも行われています。神将俑の造形が、日本の四天王などの神将像とそっくりであることから、その歴史的なつながりを示すため、神将俑と仏像が比較展示されているのです。
こういう展示は珍しいとのことですが、実は静嘉堂文庫美術館は、国内では他に類を見ない大型神将俑群のコレクションを所蔵しており、今回の展覧会はこれら神将俑が17年ぶりに勢揃いした展覧会でもあるのです。静嘉堂文庫美術館ならではの展示といえます。それにしても、緑、褐色、白などの鉛釉(なまりゆう)も鮮やかな大型の神将俑がずらりと並べられた迫力たるや圧巻でした!

こちらの「加彩(かさい)武人俑」(後漢~西晋時代 2~3世紀)は目を怒らせ、歯を食いしばっています。素朴なたたずまいながら、両足を踏ん張った姿には、思わず応援したくなるような、見る者に共感を覚えさせる力強さがあります。

そしてこちらは「加彩鎮墓獣(ちんぼじゅう)」(唐時代 7世紀後半~8世紀)の獅子面と人面です。これらが墓の入り口近くに置かれ、墓主を守っていたのですね。


上の「加彩神将俑」(唐時代 7世紀後半)は、開口像と閉口像で対となっています。土で成形して焼いた後に彩色したものとのことですが、1400年ほども昔のものとは思えないほど、水色や緑色の色彩が残っていることに驚きます。

こちらの「三彩神将俑」(唐時代 8世紀)も開口像と閉口像で対となっています。先の7世紀後半の「加彩神将俑」に比べると少し時代が下がるせいか、動きによりダイナミズムが見られます。色彩も派手です。悪鬼のようなものを踏みしだいており、たたかっている感が増しています。

そして上の「三彩神将俑」(唐時代 8世紀)。牛の上に乗り、怒髪天を衝く怒りの形相で見る者を威嚇しています。今にも動き出しそうな躍動感があります。
同じ展示室では、初公開となる「十二神将(じゅうにしんしょう)立像」(鎌倉時代 13世紀)も展示されていました。十二神将は、薬師如来を信仰する人々を守護する12人の武神で、それぞれが十二支と結びつき、昼夜の十二時間や十二の方角を守るとされる仏教の守護神集団です。陶器と木造という違いはありますが、基本的な鎧の形式が神将俑とよく似ていました。
第3章「十二神将像と十二支の世界」では、さらに神将俑と日本の神将像との歴史的つながりがはっきりとわかる展示が行われていました。ここで紹介されているのは、静嘉堂文庫美術館を代表する重要文化財、京都・浄瑠璃寺(じょうるりじ)旧蔵の「十二神将立像」(鎌倉時代、1228頃)ですが、その鎧やポーズなどが神将俑とそっくりなのです。
浄瑠璃寺の薬師如来坐像の眷属(けんぞく/従者)として祀られていた十二神将立像は、現在、そのうちの5体が東京国立博物館に、7体が静嘉堂文庫美術館に所蔵されています。同展では7体を展示替えで紹介しており、内覧会の日は寅・卯・午・酉・亥が並べられていました。それぞれが軽快な躍動感を感じさせる表情とユニークなポーズをしており、いつまでも見ていたいような魅力にあふれています。

なかでも午神像(下)は頬杖をして、思案しているような表情を浮かべており、ユーモラスな雰囲気をたたえています。また午神像は唯一明快な図像典拠が存在しないとのことで、その図像の謎にも迫っています。

秦の兵馬俑から続く「俑」の文化が、唐の時代に仏教文化と融合し、その鎧の形がやがて日本にもたらされて神将像の造形の基礎となったことを思うと、歴史の面白さを感じずにはいられない――そんな展覧会でした。
たたかう仏像
会期 2026年1月2日(金)~3月22日(日)
[前期]1月2日(金)~2月8日(日)
[後期]2月10日(火)~3月22日(日)
休館日 毎週月曜日(ただし2月23日(月・祝)は開館)、2月1日(日)、2月24日(火)
*作品保護のため、会期中展示替を行います
※詳細は下記公式サイトへ
https://www.seikado.or.jp/exhibition/current_exhibition/