読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第27回
令和8年10月23日
シテ方・大槻裕一さん
「能面」#1



 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。今回はメンバーの大槻裕一さんに、シテ方にとって最も大事な道具である「能面」について教えてもらいます。



月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真中)、小鼓方(こつづみかた)の成田奏(なりた・そう/写真右)、大鼓(おおつづみ)方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真左)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。スマホアプリRadiotalkで聴ける「週イチラジオ」は日曜日18:30〜(予定)配信中。
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役に命を吹き込む

 能楽で用いる仮面を能面(のうめん)と言い、能楽師はこれを面(おもて)とも呼びます。また、能面を着けることを「面を掛ける」といいます。

 能面は、顔を覆い、登場人物に扮するための、たんなる小道具ではありません。シテ方にとって能面は、舞台で役の命をともに生み出す大切な存在です。面を掛けることで、自分自身から離れ、役の世界へと入っていく。そのため、欠かすことのできないものです。私自身は、能面の神秘性に畏れを抱きながらも、舞台の上では役と自身が一体となるための心強い相棒のように感じています。


 能面には、長い歴史があります。室町時代から桃山時代にかけて、現在につながるさまざまな面の形式が整えられ、優れた面打師(めんうちし)たちによって、数多くの名品が生み出されました。古い面の中には、数百年という時を経て、今なお舞台で用いられているものもあります。

 能楽師の家には、代々大切に受け継がれてきた面があります。なかには、その家を象徴するような、家宝ともいうべき面も存在します。一つの面には、面を打った人の技と心、そして、それを使い、守り、受け継いできた人々の思いが重なっています。私自身、そうした面を手にするとき、長い歴史の一端を預かっているのだと感じます。


 私の家にも、代々受け継がれてきた能面があります。その一つが、室町時代(15世紀頃)に活躍したとされる伝説的な面打師の一人・徳若(とくわか)の作と伝えられる《錦木男》(にしきぎおとこ)です。以前この連載でも書きましたが、今夏の「月イチ能楽講座スペシャル」で上演した能『錦木』の後場(のちば=後半)で用いたのが、この面です。《錦木男》という銘(めい)ではありますが、『錦木』だけに用いる専用面ではありません。父・大槻文藏(ぶんぞう)は『屋島(やしま)』や『船弁慶(ふなべんけい)』などでもこの面を使用してきました。何百年もの時を経た面が、今なお舞台で役に命を吹き込んでいることに、能楽ならではの魅力を感じます。私にとっても、次の世代へと伝えていくべき大切な家宝です。


多彩な面をどう選ぶか

 能面には、じつに多くの種類があります。若い女性を表す「小面(こおもて)」、成熟した女性の「深井(ふかい)」、若い男性の「童子(どうじ)」、鬼女(きじょ)の「般若(はんにゃ)」、老人の「尉(じょう)」のほか、神仏・霊的な存在を表す面など、年齢や性別、性格によってさまざまな種類があり、役柄によって使い分けます。


 同じ曲(演目)であっても、必ずしも同じ面を使うとは限りません。流儀や演出、役の解釈、演者の考え方によって、どんな種類の面を選択するか、異なることがあります。また、同じ種類の面でも、作者や制作された時代によって、その表情は微妙に異なります。たとえば、下の写真をご覧ください。


 右で私が手にしている面と、左の舞台で用いている面は、どちらも「喝食(かっしき)」という種類の能面です。半僧半俗の少年を表し、前髪の形に特徴のある面ですが、ずいぶん表情が違うことがお分かりいただけると思います。

 このように、同じ種類の能面でも、表情はさまざま。穏やかに見えるもの、どこか憂いを帯びたもの、強い意志を感じさせるもの……そうした違いを見極めながら、シテ方はその日の舞台にふさわしい面を選びます。

 ただし、曲(演目)によっては、面を用いずに素顔で演じる場合もあり、これを「直面(ひためん)」と言います。前述の『錦木』の前場(まえば=前半)などがその例です。直面の場合でも、演者は表情で演技をすることはありません。



 新作能の場合、漫画やゲームなどを原作とする作品では、多くの方にとって、すでに登場人物のビジュアルイメージが完成されています。その姿をそのまま再現することだけが能の表現ではありませんが、あまりにも遠いと、お客様が原作の世界観に入り込めなくなります。人物の性格や物語の背景、舞台上でどのような存在として描くかを考え、能面を用いるかどうかも含めて検討します。


 たとえば、「能 狂⾔『⻤滅の刃』」で私が勤めた禰豆子(ねずこ)役では、「若女(わかおんな)」と呼ばれる種類の既存の面に、禰豆子の必須アイテムである口枷(くちかせ)を加えたものを用いました。

 そのほか、新作では公演や役によって、古くから伝わる面を用いることもあれば、作品に合わせて新たに能面を作っていただくこともあります。このように、新作能の場合も、面選びは大切な仕事の一つです。


前回の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100983
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