読みもの

日本各地のお国言葉を紹介していく当連載、今回は伊予弁のご紹介です。
第4回「まけまけいっぱい」伊予弁
ご存じとは思いますが、念のために……伊予というのは四国は愛媛県の旧名ですね。ひと口に愛媛県といっても意外に東西に長く、香川県に近い東予(とうよ)地方、真ん中あたりの松山市を中心とした中予(ちゅうよ)地方、宇和海を挟んで九州の大分県と向かい合う南予(なんよ)地方とではずいぶん言葉もアクセントも違うようです。筆者は東予地方(新居浜市)の出身なので、リアリティをもってご紹介できるのは、主に東予地方で使われている言葉です。
前置きが長くなりました。最初に取り上げる伊予弁は「まけまけいっぱい」です!この言葉、違う地方の方にはさっぱりわからないのではないでしょうか? ゲームやスポーツが連敗続きで「負けが込んでる」? ぜんぜん違います~。
このコラムを書くにあたり、ちょっと調べてみたところ、この言葉は阿波弁(徳島県)や讃岐弁(香川県)、土佐弁(高知県)と紹介されていました。徳島県には「まけまけいっぱい」という名前の日本酒もあるようです。
伊予弁の中ではマイナーなのかもしれません。実際、東予地方の中でも場所によっては「まけまけ」は使うけど、「まけまけいっぱい」は使ったことも聞いたこともないという人もいます。でも実際に筆者が日常的に使っていたので、自信をもってお届けします。なんといっても響きが可愛いですからね~。
この言葉は次のようなシーンで用いられます。
シーン1:お母さんにお水を持ってくるように頼まれた幼い子供が、コップにお水を入れすぎました。子供はお水をこぼさないようにそろりそろりと歩きながら、「お母さ~ん、お水入れすぎてまけまけいっぱいになったー」。
シーン2:父の日、家族からコップの淵ぎりぎりまで日本酒を注がれた酒好きのお父さんが嬉しそうに、「わー、まけまけいっぱいじゃね~」。
もうおわかりですね!「まけまけいっぱい」は「溢れるくらいいっぱい」という意味なんです。私はこの言葉を聞くと、液体が表面張力でぎりぎり形を保っているイメージが浮かびます。この言葉がある地方では、「まける」という言葉に「溢れる」「こぼれる」という意味があるので、そこから生まれたのでしょうね。標準語でも「水を撒く」と言いますが、この「撒く」と同語源なのでしょう。
ちなみに上記シーン1の場合、子供からそう言われたお母さんは、「お水がまけんように気ぃつけなさいよ」と注意します。「お水をまかんようにね」という言い方もあります。
「まける」単体では、「コップを倒して、ビールがまけた」「お椀をひっくり返して、お味噌汁がまけた」などと使います。アクセントは「け」にあります。中東予地方の伊予弁は関西弁とアクセントが似ているので、「ま」を強く発音すると、ビールやお味噌汁がウィスキーやお吸い物に負けたように聞こえます。
「ビールをまいた」「お味噌汁をまいた」というように、ビールやお味噌汁を目的語にした言い方もあります。「ビールがまけた」と「ビールをまいた」では、後者の方がミスをして自責の念を感じているニュアンスが少し出て(私の印象です)、「ビールをまいてしもた」とまで言えば、「ああ、やっちまった」感が伝わります。
(文・おかだなおこ)
前回はこちら https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100678