読みもの

第6回「まうごつ・はうごつ」熊本弁
今年の夏も暑かった。いや暑すぎた。
しかし、熊本弁では、あまり「暑い」とは言わない。西の地方の多くでそうだろうと思うが、暑さを表す言葉は基本的に「ぬくい」である。
私は、中学生の頃まで、朝起きて、父親か母親に、こう尋ねていたものである。
「今日は、ぬっかね? 寒かね? ちょうどヨカね?」
おそらくこのフレーズだけ読むと、???になるだろう。今日は、暑いか(ぬっか)、寒いか、快適か(ちょうどヨカ)、と聞いているのである。学校に行くための服装を考えてのことである。そうすると「ぬっか」とか「ちょっと寒か」などという返事が返ってくる。加えて「ちょうどヨカ、ってなんね?」(ちょうどいいとは何?)という言葉が、毎度、笑いながら返ってきた……。「快適」な気候を表現するのに「ちょうどヨカ」とはあまり言わず、筆者独自の表現だったからである。
そして、かなり暑い場合には、感情を込めて「ぬっかー!」になり、さらに暑いと、今日のタイトルにあげた「まうごつぬっか!」「はうごつぬっか!」になるのである。
「まうごつ」とは「舞う如く」つまり、暑くて暑くて舞わんばかり、という意味だ。それでは「はうごつ」は? これは、地べたを這うごとく、という意味である。つまり地べたをはうばかりに暑い、と言っているのである。そして、これが今年の40度超えくらいになると「もう、まうごつ暑か!」「はうごつ暑か!」になるのである(あくまで暑いと言わない人もいるが……)。
しかし、この「まうごつ・はうごつ」は、「寒い」にはあまり使わない。寒くて舞う人、地べたを這う人が、なかなか想像しにくいからなのかもしれない。よく使うのは、激しすぎる運動をさせられて「まうごつきつか!」「はうごつきつか!」、あるいは単独で「もう、まうごたった」(舞うようだった)「はうごたった」(這うようだった)などと使うのである。
「大変」「大層」といった意味と考えてもらえればほぼ間違いはない。ギャグなどが面白い場合にも「まうごつ面白か」と言い、料理がうまい場合などにも「まうごつうまかねー」と言う。喉がとろけて舞い上がる、といったところだろう。
暑かった夏の日の夕暮れ、仕事から帰ってきた父親が行水(ぎょうずい)をし、「今日も、はうごつ、ぬっかったねー」と独りごちながらステテコ姿で縁側に座る。そして、ビールの栓を空け、喉を潤してこう言うのである。
「まうごつうまか!」
文/伊豆野誠
前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100717