読みもの

和の響き――日本の音色に魅せられて

第1回 龍笛――最終回
令和7年10月1日
11 悠久の音色を先の世代へ

やりがいと雅楽の未来
 では藤脇さんは笛製作者としてのやりがいをどんな時に感じているのでしょうか。
「それはやはり修理を依頼してくれた人から『よく鳴るようになりました』とか『これが前と同じ笛ですか!』と言って喜んでくれた時ですね。先にも話したように、僕には生き方や仕事を通して社会や人の役に立ちたいという強い気持ちがあります。でもこの仕事は人間の生存に必要不可欠な仕事というわけではない。本当に世の中から必要とされているのか迷うこともあります。あくまでも余暇に楽しむものであって、たとえば戦争が始まったら真っ先に必要とされなくなってしまうジャンルですからね。だから、実際に喜んでくれる人の声を聴くとすごく嬉しいんです。それに雅楽が心の拠りどころとなっている人もいるので、そういう人の役には立っているかなと思います」

 その一方で、「やりがいだけで続けているようなもの」という気持ちもあると話してくれました。いま、藤脇さんに新管製作を依頼すると1管約20万円、修理は1管約3万円です。それなりに時間がかかるので、そんなに数多くは作れないし、数多くの修理もできません。経済的には厳しいといいます。
「でも僕は工房の一社員でもありますから、会社にも貢献しなければなりません。理想ばかりをいってはいられません。きちんと生計が成り立たないとなりません。」
 多くの笛製作を同時並行で手がけているうえ、週末には乃木神社で奏者として働いているので、時間のやりくりも大変です。
「貧しいのに忙しい(笑)。だからある意味ではやりがいだけで続けているようなものなんです。僕だけではなく、雅楽道友会のメンバーはみな演奏者としても楽器製作者としても『もっと上手くなりたい』『もっといい楽器を作りたい』という一念で続けていると思います。いわば僕らは『突き詰めたい人』『自分で自分に課したハードルを乗り越えようとしている者』なんです。世の中の多くの人とは幸せの概念がもしかすると違うかもしれません」

平成29年10月24日、乃木神社で開催された雅楽道友会発足50周年記念奉納舞楽で「蘇莫者」(そまくしゃ)を舞う藤脇氏(鈴木敏也氏撮影)


 気になるのは後継者のことです。
「残念ながら、今のところ後継者はいません。以前に一人笛製作を習っている者はいましたけど、今はどうしているかわかりません。昔は家業として作っている人がほとんどでしたけども、今は家業を継がなくていい時代になったので、本当に笛が好きな人がやっている職業にもなってきました」
 でも雅楽の裾野は広がっていると感じるそうです。
「昔は皇室の方々や大名、お公家さんや楽家、神社関係者でないと触れられない特別な音楽でした。高貴な音楽であり、宗教儀式のための音楽でした。それが明治以降は敷居が低くなり、戦後は殊に音楽として見直され始めました。僕自身も非常に優れた音楽だと思っています。今は全国に音楽の一ジャンルとして好きな人たちがいて、雅楽を好きな人たちの集まりもたくさんありますので、そういう方向で普及していくのではないでしょうか」



「榧前(かやさき)の庭」にて
 藤脇さんが所属している雅楽道友会は、年に1回、10月13日近辺に乃木神社にて「管絃祭」を行っています。また年に3回、下神明天祖神社(品川区)の「榧前(かやさき)の庭」で神明雅楽という演奏会を行っています。
 令和5年11月25日に行われた神明雅楽の催しを訪ねました。
 夜7時の開演に向けてお客様が集まってきます。毎回見に来るという人もいました。舞台はライトアップされた境内の巨木の下にしつらえられています。森々と冷えた空気と相まって、あたりには厳かな雰囲気が漂っています。ホールなどで披露される雅楽とはまったく違う感じがします。


令和5年11月25日、下神明天祖神社で行われた神明雅楽。演目は「輪台」


 この日の演目は、「振舞」(えんぶ)「輪台」(りんだい)「地久」(ちきゅう)でした。雅楽道友会では会の中心メンバーから初心者までが一緒に出演します。女性の方もいらっしゃいます。演目と演目の合間には宮司の福岡さんによる説明があり、雅楽に詳しくない人でも楽しめるように心配りがされています。
 初冬の澄んだ空気のなか、「三管」の響きが空間を満たし、空へと翔けていきます。千年も前の王朝時代の人々もこの音色を楽しんだのかと思うと不思議な気持ちになります。
「雅楽はもともとは大陸から伝わってきた音楽ですが、今はもう日本にしか残っていません。韓国にも雅楽と称するものはありますが、これは朝鮮半島の昔の雅楽とは違います。もちろん日本でも長い時を経る間に変遷はありましたが、皇室の継続もあり、文化が途絶したことがないので、正倉院の時代の楽曲もちゃんと残っています」
 私たちが今も雅楽を楽しめるのは、戦乱や時代の変化を乗り越えて、この響きを今に伝えてきてくれた人たちがいたおかげです。藤脇さんも、21世紀を生きる日本人として、この悠久の音色を先の世代につなげる役割を担っているのです。
(完 取材・文/岡田尚子)

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