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稀代の天才と謳われた日本画家・下村観山(しもむらかんざん/1873-1930)の画業を通観する、関東では13年ぶりの大回顧展が開催中です。
ところで、下村観山という画家について「聞いたことはあってもよく知らない」という人も多いのでは? 近代日本画を代表する画家のひとりであり、生前は制作依頼が引きも切らなかった人気画家でありながら、現代では観山の知名度は、岡倉天心門下の同時代の画家である横山大観、菱田春草(しゅんそう)に比べると高くないようです。その理由を、東京国立近代美術館主任研究員の中村麗子さんは「新奇な造形や作家の個性を重んじる時代背景が影響して、大観の壮大なスケール感や、春草の実験性といったわかりやすい特徴で観山が捉えられてこなかったことに要因があるのでは」と言います。今回の展覧会では、そんな観山の150件超もの作品を、制作時期やテーマ別に展示し、日本の近代美術史における観山芸術の意義を改めて見直すものになっています。

幼少から日本画を学んだ観山は、16歳で東京美術学校に第一期生として入学。卒業後は同校で教鞭を執るも、校長の岡倉天心と行動をともにすべく辞職し、横山大観、菱田春草らとともに日本美術院の設立に参加しました。
そんな若き日の観山の作品より、奈良・春日野(かすがの)の藤の花のもとでくつろぐ鹿たち。空気を含んだようなやわらかな毛並みに、穏やかな春の日の暖かさを感じます。
ちなみに、随所に繊細な技巧が凝らされた観山の作品を堪能するなら、単眼鏡もオススメ。会場ではビクセンの単眼鏡のレンタル(有料)も実施しています。

観山は1903(明治36)年から2年間、日本画家初の文部省留学生としてイギリスに留学しています。西洋画と比較して、色彩の弱さと構成力の不足を日本画の欠点と認識していた観山。その克服のための留学先として選ばれたのが、日本画と親和性があると考えられた水彩画の本場・イギリスでした。
展覧会には、留学当時制作され、大英博物館に所蔵される観山の作品から5点が里帰りしています。その中の《雨中行旅図》は、水墨画に水彩画を取り入れたような、不思議な雰囲気が漂います。

ロンドン到着から約半年後、13歳からの師である画家・橋本雅邦(がほう)に宛てて出された近況報告の手紙。絵画を展示する博物館の様子や、下宿では和服姿で研究制作に励んでいることを伝える絵は、ちょっとコミカルで、留学の充実ぶりが窺えます。

イギリス留学の成果を示す新たな表現に挑んだ第一作が、こちら。第1回文部省美術展覧会に出品され、高い評価を得た《木の間の秋》です。金泥(きんでい)を背景に、木立に下草やツタが茂るさまを描いたこの作品には、西洋画の写生的な表現と琳派風の装飾性の両方が見てとれます。派手な花などはないのに目の覚めるように美しく、木立の中に入り込んでしまうように感じます。
こうして観山は、幼いころから学んできた狩野派、やまと絵、琳派など伝統的な日本画の筆法に加えて、西洋画的な色彩・陰影表現をも身につけ、いわば〝千年の美〟の技術をわがものにしていったのです。

左に骸骨、右に女性を向かい合わせで描いた、左右一対の掛け軸。ドキリとしてしまう画題ですが、西洋では「メメント・モリ(死を思え)」の概念を表すモチーフとして髑髏が描かれ、日本では古くから死体が朽ちる様子を表す「九相図(くそうず)」が描かれてきました。「美女も死んでしまえばみな同じ」といったメッセージを見たり、解剖学的な要素を見たりと、さまざまな見方ができそうな作品です。

金地を背景に、支柱にからまるカボチャと、うずくまる黒猫を描いた屏風。こちらは左隻で、右隻には飛び立つカラスが描かれています。前述の《木の間の秋》では金色に秋らしい光を感じましたが、観山の談によれば、この作品では金色は照りつける夏の太陽の光を表しているそう。卓抜した筆技でカボチャの実や葉、猫の体毛、支柱など異なるテクスチャーが緻密に描き分けられています。生命力旺盛なカボチャと、その葉陰に身を潜める猫が、背景の金色に負けることなく、鮮やかに浮かび上がります。

和歌山県の能楽師小鼓方の家に生まれた観山は、能楽をテーマにした作品をいくつも制作しています。なかでも観山の最高傑作ともいわれるのが、謡曲『弱法師(よろぼし)』に取材したこちらの大型の作品。『弱法師』は、讒言(ざんげん)により父に捨てられ、盲目の乞食となった主人公・俊徳丸(しゅんとくまる)が、春の彼岸の四天王寺(してんのうじ)で父と再会するという物語。じつは能楽ファンの筆者も大好きな曲のひとつです。日没を迎え、主人公が西方浄土を願う瞑想「日想観(じっそうかん)」にふけっていると、やがて眼前に難波津の景色が広がり、「おお、見える、見えるぞ!」と、恍惚の境地に至る……というクライマックスともいえる場面が描かれています。
やはり金一色に塗り込められた背景に、ぽつんと佇む俊徳丸。近くで見ると、まぶたが落ちくぼみ、髪はほつれ、うっすら髭がのび、みすぼらしい身なり。ですが、まばゆい光に包まれ、夢見るようにうっすらと口元に笑みを浮かべています。今を盛りと咲く梅の花びらが、彼の体に降りかかります。彼が手を合わせ向かうのは、画面の最も遠くに描かれた、沈みかかる日輪。潔い画面構成の空間に、清らかな梅の芳香が漂い、見えないものを見ている主人公の心象風景が濃密に表現されていて、圧倒されます。能楽自体がある種「見えないものを見る」芸能ですが、この作品にはお能『弱法師』の良い舞台を観たときのような感動を覚えました。

昼下がりでしょうか。タイサンボクが白い花を咲かせる梢の下、椅子に腰かけて眠る羅漢(らかん)。その奥では童子がつっぷして眠りこけ、羅漢の頭上の枝では小禽(しょうきん)がじっと目を閉じ眠っています。羅漢の膝の上に、ぐったりと力の抜けた体を預けて眠るのは、龍。ということは、この絵は羅漢の夢の中の様子を描いているのかもしれません。じつに気持ちよさそうな四者の眠りっぷりに、こちらまで眠気を誘われるような《四眠》と題された作品。画題は、豊干禅師(ぶかんぜんじ)、寒山(かんざん)、拾得(じっとく)、虎を描く中国画の「四睡図(しすいず)」の系譜ですが、観山はまったく異なる四者に置き換えて描いています。

1930(昭和5)年に入ってから、観山の体調はすぐれず、3月には食道がんの宣告を受けます。それでも制作意欲は衰えず、展覧会に向けて制作を進めていたといいます。そんな折に、京都の知人から送られてきた竹の子を写生し、1週間を費やして完成させたのがこちらの作品。その後、体調が急変し、5月10日に観山は57歳でその生涯を閉じました。
生涯にわたり、日本画だけでなく、中国や西洋の古典作品への深い造詣と敬意を抱きつつ、類まれな筆技で新たな時代の日本画を追求した下村観山。偉大な天才画家の圧巻の画業を思い知る展覧会でした。
下村観山展
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:2026年3月17日(火)~5月10日(日)
※前後期で入れ替えあり
詳細は下記サイトへ
https://art.nikkei.com/kanzan/
https://www.momat.go.jp/exhibitions/567
上記の後、下記巡回予定
会場:和歌山県立近代美術館
会期:2026年5月30日(土)~7月20日(月・祝)