
■連載[第15回]
A級戦犯容疑で収監された政治家・作家の孫として 最終回
●一緒に収監されていた東條英機などの一筆が載せられた色紙
やがて、3人の伯母たちも亡くなった。身体が弱かった敏子伯母は早くに逝っていたが、父の死の1年後には公子伯母が、さらに1年後にはしづ子伯母が相次いで鬼籍に入った。池崎家に対して愛憎半ばする思いを持っていた伯母たちは、おそらく硫黄島へは行っていない。祖母や伯父、両親や伯母たちにとって祖父・池崎忠孝とは何だったのか。
「私にも祖父との接点といったようなものが一つだけあるんです」
福田さんが20代の頃の出来事だ。父親の仕事がうまく行かず、(公財)日本近代文学館に寄託してある祖父の遺品の一部を引き出して売ろうという話になった。産経新聞時代のツテを頼って、ある代議士に話を持ち掛けると、鑑定をしたいので一時的に預けて欲しいということに。その後、なかなか連絡がこないので、問い合わせてみると、預かっていないという。そうこうするうち、その代議士は亡くなってしまい、再度、問い合わせをすると、そのような品などないという返事がきた。後継者である息子さんの秘書から手紙ももらったが、そこには、話も聞いていいないし当事者もいなくなり分からない、ということが書かれていた。
その遺品とは、祖父の巣鴨プリズン時代の書や絵、詩で、東條英機など一緒に収監されていた人たちの一筆が載せられた色紙だった。未だに、公の場のどこにも見当たらないという。
「母は、おじいちゃんに申し訳ないと言い、父もずっと心残りに思っていました。家の中で、その話はよくしていて、いつか時間ができたら私も調べてみるね、とも言っていたんですが、未だ藪の中です」
●息子に残すのはかわいそうです
残ったのは、日本近代文学館から出されたそれらの品の寄託返却の書類だけだった。とはいえ、他の寄託品もあるから文学館からの冊子が定期的に届いていた。それは、父親が亡くなると公子伯母に届けられ、公子伯母が亡くなるとしづ子伯母に届けられ、しづ子伯母が亡くなると、今度は福田さんに届いた。またも忘れた頃に届けられた、例の「箱」に続く「開けてビックリ」だったのである。
「ですから、祖父に関するすべてのものは、私が死ぬ時に、何もなければ捨ててしまうか、近代文学館に渡そうと考えています。両親たちが手元に残してきたものをそのような形にするのは申し訳ないとは思うのですが、息子にこれを残すのはかわいそうです」
福田さんは言う。
「振り返ってみると私は、高度成長期もバブルもそれに続く不況期も、直接、影響を受けてはいません。好きなことをひたすら手繰り寄せ、ここまでやってきたのだと思います」
新たな始まりは、あの「箱」を開け、硫黄島へ行ったことだった。
●それでは自分たちはどうなのか、どう生きているのか?
「硫黄島から帰ってきて、本を読んだり、映画を見返したりして、だんだん実感がわいてきました。なんらかの形でおじいさんと会うこともできるのかな、とも思えてきました。
祖父に関する本も少しずつ読んでいるんです。祖父は晩年、よく自宅でさびしそうに焚火をしていたようです。そういう時の祖父の背中を思い浮かべてみると、伯父のことも後悔して、人生を空しく感じたのではないかと思うんです。そうして考えを巡らしていくと、やはり、硫黄島に行った時に思ったように、それでは自分たちはどうなのか、どう生きているのか、という考えに至ってしまうんです。
ですから、そのことを考えるためにも、伯父と祖父のことを半々に、一緒にして何か書けないかなと思っています」
それは、歴史のある時点で止まったままになっている「池崎家」のそれぞれの思いをすくい取り、今に繋げる行為といえるだろう。祖母、両親、伯母たち、そして、なにより自分の思いである。同時に、形にすることで宙ぶらりんの思いに終止符を打つ。その思いは、一族を襲った「戦争」にも及ぶ。
「伝えていくのは難しいことだと思います。実際に今も戦争が行われていますし、心の中で人間はいつも戦争をしているといっていいでしょう。ですから、伝え方を考えながら、過去に起きたことについて伝え続けていかなければならないと思います。そのためにも、どうしてもっと父や母にいろんなことを聞いておかなかったのかと後悔しています。
子供たちは、平和教育への食傷はあるとは思いますが、厳然とした平和への思いが根づいていると思います。彼らはクリスチャンではありませんが、教会にも連れて行きましたし、伝わっていると信じたいです。表立って聞いてはいませんけどね」
春を前にした田舎町の光景はうららかだ。福田さんの声はその淡い光に乱反射するかのように広がっていく。夫と長男は折を見て硫黄島へ行く予定という。「池崎家の箱」をきっかけに、「終止符」として福田さんがこれから書く文章は、歴史のある断面の「小休止」となって、いつしか誰かに違う形で受け継がれて行くに違いない。(了)
(次回は11月4日掲載予定)取材・文/伊豆野 誠

参考文献(文中他)
『池崎忠孝』(池崎忠孝追悼録刊行会)、『教養主義者の大衆政治 池崎忠孝の明暗』(佐藤卓己著・創元社)、私家版『追悼集 敏子花がたみ』