連載[第13回]

孫世代の遺族たちのそれぞれの思い

硫黄島に触れた時 連載 第13回
令和7年10月14日

■連載[第13回]
A級戦犯容疑で収監された政治家・作家の孫として その7

●「もう無理です!」それなら「村八分だ!」
 しかし、引っ越してみると、地方の人間関係は予想以上に大変だった。
「引っ越しを決める前に、地方は大変だよ、と夫に念押しされていたんです。でも、私は田舎暮らしの経験がなくて、野山や川、谷などが欲しかったんです。池崎の大阪の実家はとっくに無くなっていましたしね。単純に‟田舎“というものは素晴らしいものだと思っていて、遊園地に行くみたいに憧れていたんです」
 地域の行事や会合には有無を言わさず参加を強制され、会費も徴収された。決まりごとが多かった。すべてを監視されているようで息苦しかった。長幼の序は絶対で頑固な儒教的社会とも思える世界がそこにはあった。
「だんだん私はピリピリしてきて、PTAも含め夫が代わりにすべてに出てくれるようになりました。でも、夫も最後はキレてしまって『もう無理です!』と言ってしまい、相手からは『村八分だ!』となってしまいました」
 二人の子供も、そんな周りの息苦しさは感じていたようで、「こんなにも自然は素敵なのに」と言いながら、大学進学に際してこの地から旅立っていった。

●シビアでリアルすぎる「平和教育」
 東京を離れ長崎で暮らして感じたことは多い。その一つが「平和教育」だ。
「8月9日には原爆が投下された11時2分にサイレンが鳴り、小学校から高校まで、すべての教室で平和教育が行われます」
 福田さんにとっての平和教育の記憶といえば、終戦記念日の8月15日に、小学校の体育館で永井隆原作の『この子を残して』の映画を見せられたことくらいだった。
 医学博士でキリスト教徒だった永井は、母校であり勤務していた長崎医科大学(現・長崎大学医学部)で被爆。重傷を負いながらも負傷者を救護して治療にあたり、病床で『長崎の鐘』などの著作を残した。その著述の一つ『この子を残して』が昭和58年(1983)に映画化されたのだ。福田さんが小学校6年生の時である。
「ですから、夏休みのみならず子供たちが受けている平和教育を見て驚きました」
 その驚きは、内容のシビアさ、リアルさに対してであった。
「当事者の方のお話しや、実際の写真、それをもとにした紙芝居など、リアルすぎてショッキングなものも多いんです。語弊があるかもしれませんが、正視に耐えないものもあります。実際、娘は、気分が悪くなった、もう聞きたくない、と言っていたこともありました」
 広島での原爆被害を描いたマンガ『はだしのゲン』(中沢啓二著)が、広島市の平和教育副教材から削除されるということが大きく報道されたのも記憶に新しい。
「実際に起きたことを伝えていくのは重要なこととは思うのですが、それが平和につながるかというと、よく分かりません。拒絶反応を起こしてしまうかもしれないからです。もっとマイルドな形でもいいのではないかと思いますし、この先、子供たちにどう伝えていくかは、とても大事なことと思っています」

●戦争という犯罪の犠牲者
 一方で、戦争の悲惨さを覆い隠すような言動には怒りを覚える。
「硫黄島で亡くなった方たちに対しても、尊い犠牲とか平和の礎になっていただいた、とか言う人たちがいます。彼らがいたからこそ、今の私たちがいる、といった言い方もあります。私はそうは思いません。戦争という犯罪の犠牲者です」
 小学校の時に見た映画の原作者でキリスト教徒だった永井博士が、長崎の浦上(うらかみ)に原爆が落ちたのは「神の摂理」と説いたことを知った時も驚いた。原爆投下は受難でもなんでもなく、戦争が引き起こした悲惨な結果であり過ちでしかないと思うからだ。
 自由な教育風土で有名な長野で育った夫に聞いても、特に戦争教育を受けたことはないという。同和問題や公害についての教育も、東京では受けなかった。
「地域によって、こんなに違うんだと思いました」
 都市と地方の格差・分断ということも、キリスト教会を通じてひしひしと感じた。
「少子高齢化に伴って、信者自体も少なくなって、教会の成立が厳しくなっているところもあるんです。そうなると経済的にもキツいですしね」
 そんなこんながありながら、時代的にオンラインの仕事環境は整っていき、「子育てをしながら」あるいは「親の介護をしながら」も、なんとか可能だった翻訳の仕事は確実に実績を重ねた。令和4年には中国の古代哲学書の翻訳本にも関わった。「脚本家」としては、専門の学校を経て、作家事務所に所属し、地方局のラジオドラマを中心に映画も手掛けている。脚本を書こうと思ったのは、やはり演劇に対する心残りがあったからだ。その思いを「書くことによって回収している」のだという。
(続きは10月21日掲載予定)取材・文/伊豆野 誠
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