読みもの

第15回「ひっしこ」伊予弁
今回の伊予弁は、想像がつきやすいかもしれませんが、次のような場面で使います。
会社員1「昨日の納期に間におうたん(間に合った)?」
会社員2「いやー、ぎりぎりやったわー。もう徹夜してひっしこになって、なんとか間にあわせたわ」
そうです、「ひっしこ」は「一所懸命に」「必死になって」という意味です。
この「ひっしこ」、「必死こく」という言葉を略したものという見方もあるようです。そこで調べてみました。
「必死こく」は「必死」も「こく」も標準語です。「こく」を辞書で調べると、『広辞苑』(第六版)には「放(こ)く ①体外に出す。はなつ。ひる。『屁を放く』 ②ものを言うことを卑しめていう語。ぬかす。『嘘を放きやがれ』」とあります。
『新明解国語辞典』(第六版)では「こく やたらにすべきではない事を、はばかりも無く人前でする。屁をこく(放つ)。うそをこく(言う)。びっくらこく(はしたなく見えるほど、びっくりする)」となっています。
伊予弁の「ひっしこ」の「こ」には、「こく」という言葉が持つ悪い意味はないんですよね。それに「こく」という動詞の活用が「こ」だけになるというのも違和感があります。この「こ」は、「馴れっこ」「構いっこ」と同じ「こ」ではないかと思うのですが、どうでしょうか。
それにしても「ひっしこ」は、発音が可愛らしいですよね。「ひっしこになって」と「必死になって」をご自分で発音して、聞き比べてください。字面からして、「ひっしこ」にはどことなくユーモラスな雰囲気が漂っています。「ひっしこになって逃げた」と聞くと、緊迫感の漂う切実な状況なのに、なぜか童話の一場面のように聞こえてきます。「ひしこ」「ひっしこたん」と言う地域もあるそうですよ。
(文/おかだなおこ)
前回はこちら https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100749