読みもの

連載 方言「知らんけどね」

第26回「つっぽげる」熊本弁
令和8年5月20日

第26回「つっぽげる」熊本弁
 この連載の第23回で、「どかっときた」という熊本弁を紹介した。それは、何かがどっとやってきた、という意味ではなく、食べ過ぎて胸焼けがすることを表現する言葉だった。
 例えば、「馬刺しば食い過ぎて、どかっときた」(馬刺しを食べ過ぎて、胸焼けがする)などと言う。つまり、胃袋にたいそうなものがどっとやってきた、と主語を胃袋にして胸焼けを表現しているのだ。このように状態を過度に強調した言い方は熊本弁に多い気がする。
 今回のタイトルに挙げた「つっぽげる」がそうだ。これは、「穴が空いてしまった」あるいは「穴がいつのまにか空いていた」時に言う言葉だ。
「つっぽげる」の「ぽげる」は「ほげる」で、通常通り「穴が空く」ことを示している。ここに「つ」という接頭語を入れることによって、穴が空いた瞬間やそれが持続した状態を表すのだ。しかも「つ」が付いたことによって「ほげる」が「ぽげる」に変化し、同時に「つ」は促音「つっ」となって語調は強い。会話にすると以下のようになる。
「あら? この靴下は、つっぽげとったい」「いつからだろかね?」(「あれ? この靴下は穴が空いてしまっているね」「いつのころからだろうか?」)
 どうだろう、標準語にすると、穴が空いて「しまって」「いる」と言葉を足さなければないところを「つっぽげとっ」の一言で表現してしまっているのだ。さらには語感は強く、なんだかおちゃらけた感じさえ漂っている。
 この「つ」の活用は「つこける」という言葉にも現れている。「つこける」を「つ」と「こける」に分解すると分かるように、これは「転ぶ」意味だ。そして、「つ」の接頭語を付けることによって、転んでいく様と、転んだ後の状態を同時に表しているのだ。まさに方言の「現在完了形」と言ってもいいだろう。確か、中学3年の時に英語の授業で習ったあれだ。
「マラソン大会で、ゴール直前でつこけたもんね。ようやく起き上がっていったばってん、つこけとらんなら、入賞しとったよ」(ゴール直前で転んでしまってね。ようやく起き上がっていったけど、こけていなかったら入賞できたよね)
 他にも「ひっと出る」などがある。これは「ひっと」が今まで説明してきた「つ」の役割を果たしていて「出てしまっている」と訳すべき言葉なのだ。さらには「ばっちらかす」という言い方もある。これは「ばっ」「散らかす」で、まさに散らかしてしまった直後のことを言うし、派手に散らかした現在の状態も示しているのだ。以下は、母親がいない間に、部屋を散らかし放題にした子供が叱られる場面である。
「なんね、あんたは、小学生にもなって、こぎゃんばっちらかして! なんでんかんでん、ひっと出とったいっ!」(何よ、あなたは、小学生にもなって、こんなに散らかしてしまって。すべてが出てしまっているじゃないの!)
 何も知らずにここだけ聞いたら、意味が分かるはずがない。それでも不思議な語感の滑稽さに頬が緩むのは間違いないだろう。
文/伊豆野 誠
前回は https://nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100859

 
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