読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第7回
令和8年2月27日
シテ方・⼤槻裕⼀さん
「お能にしか興味のなかった私のこれまで」#4 今、思うこと


 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。そのメンバーによる本連載。今回からは「幼少期からずっと、能が大好き」というシテ方の大槻裕一さんが、これまでの歩みを綴る最終回です。


月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真左)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真中央)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
⚫︎講座のお申込・開催スケジュール・詳細は↓
https://www.instagram.com/noh_once_a_month/



 前々回と前回で幼少期から⾼校⽣時代までの出来事を振り返ってきましたが、今回は「今」について書いてみようと思います。

 高校卒業後、本格的に能楽一筋の人生が始まりました。「自分は能楽師である」という意識は、子どもの頃からずっとあります。能楽師と私の人生の長さはイコールです。しかし、私が所属する観世流シテ方の「プロの能楽師」の資格には「職分(しょくぶん)」「準職分」などの階級があり、その資格を得るには、一定の研修期間や年齢などの規定をクリアしなければなりません。その意味で私がプロの能楽師になったのは、つい数年前で最近のことです。それ以前から数多くの能楽の公演に立たせていただいていましたが、それは研修や内弟子(うちでし)修行と同じく、修行期間に相当するものです。


 能楽師として過ごすなかで、気持ちの⾯で⼤きな変化がありました。少し前までは、⾃分の憧れていた演⽬で、憧れている諸先⽣・先輩⽅とご一緒の舞台に⽴てることが、⼀番の幸せでした。同じ作品でも、ご⼀緒する⽅々が違えば、まったく別の作品になります。その⾯⽩さに魅了され、⾃分の成⻑や⽬標のために舞台に⽴っていました。そこから、能楽以外の⾊々なジャンルの⽅々との交流が増え、さまざまな舞台を観る機会も増えて、⾃分が「観客」の側になる体験をたくさんすることによって、視野が広くなったように思います。

新作能『⻤滅の刃』『⽇出処の天⼦』での気づき

 最近では、新作能に携わらせて頂く機会が増えました。⼈気作品『⻤滅の刃』を原作にした「能 狂⾔『⻤滅の刃』」シリーズや、少⼥漫画の⾦字塔『⽇出処(ひいずるところ)の天⼦』を原作にした「-能 狂⾔-『⽇出処の天⼦』」です。

 新作能には、賛否両論さまざまな意⾒があると思います。しかし、創作過程に参加させていただいて思うのは、新作能は能楽の本質を学べる絶好の機会だということ。まず、古典作品の完成度の⾼さを改めて知ることができます。もうひとつは、今の時代に能楽を観ていただくには何が必要かを考える機会になること。普段は稽古を通して⾃分と向き合う時間が多くなるからこそ、お客様の存在がつい薄らいでしまうこともあります……それは集中するという意味で時として良い⾯もありますが、「現代の役者が現代のお客様にお観せしている」ということをきちっと理解しておくことが⼤切だと感じます。


 新作の場合、なるべく分かりやすく、聞き取りやすい詞章(ししょう)にしていますが、それでも上演後のお客様のアンケートを読むと、「難しかった」「所々聞き取れなかった」というお⾔葉が多いことに驚きました。私は幼少の頃から能が好きなあまり、⼀般的な能楽鑑賞へのハードルの⾼さを知らずに過ごしてきたことに気づいたのです。内容をすべて理解して観ていただくことが、能楽鑑賞の正しいあり方ではないかもしれません。それでも、安くはないチケット代と時間を頂戴しているかぎり、できるだけ満⾜して帰って頂きたいと思うのは本⾳です。私はまだまだ経験値が浅く、その壁をどう取っ払っていけばいいのかは課題のひとつです。

「能 狂⾔『⻤滅の刃』-継-」では、印象的な出来事がありました。⽂藏先⽣演じる妓夫太郎(ぎゅうたろう)役の詞章は、⽂藏先⽣⾃⾝でつくられました。現代劇かと思うほどまでに詞章を原作に限りなく近づけておられ、舞台での詞章の言い回しにも、能楽の枠組を取り払ったような、攻めた姿勢を感じました。私たち若い世代のほうが、現代の言葉に近いセリフを発することに抵抗があるのかもしれません。「その⾔い回しは能ではない」と、どこかで頑(かたく)なに決めつけていたのかもしれないし、そう評価されてしまうことに恐れや不安がありました。何⼗年も舞台に⽴ち続けられている⽂藏先⽣のほうが遥かに柔軟で、お客様に寄り添っていたように感じた出来事でした。


 今の⾃分は、「能が⼤好き」「舞台に⽴つことが、ただただ幸せ」という段階から、「お客様にどうやったら能楽を楽しんでもらえるか」を考える新しいフェーズに⼊ってきたように思います。

 現代は娯楽が⼭のようにあり、たくさんのコンテンツに気軽に触れられる時代。だからこそ、たとえば配信動画でも2倍速にして観る⼈が増えたり、⾃分が興味のあるところだけスキップして⾒たり、切り取られたショート動画で満⾜してしまう⼈も多いと聞きます。そんな時代に、時間とお⾦を使って「能を観る」「能楽堂に⾏く」という選択をしていただくことの難しさを、⽇々感じています。

「能 狂⾔『⻤滅の刃』」や-能狂⾔- 『⽇出処の天⼦』は、現代の親しみやすい漫画作品を原作にしているので、お客様は原作で読んだあの場⾯をどうやって能楽で表現するのだろうかという点に注⽬してくださいました。2作品とも、情報解禁された際にSNSでトレンド⼊りし、チケットもありがたいことに即完売。「能楽」を知っていただく機会として⼤きな可能性を感じました。同時に、次に繋げて発展させていくことの難しさも痛感しています。次は、たくさんの⼈に愛されるコンテンツとコラボしつつ、古典作品も同時に観ていただく機会をつくれたらと考えています。
 
 能楽の本質を⾒失わずに、時流をしっかり読んで、お客様との信頼を築いていくことが、ひとつの⽬標です。そのためには、さまざまなジャンルのエンターテイメントに触れることも⼤切ですし、600年の能楽の歴史を振り返って学んでいくことも⼤事だと感じています。⽇々、学びを怠らず、精進していきたいです。


#3の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100816
#2の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100821
#1の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100815

成⽥奏さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100769
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