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伊勢神宮(正式名称は神宮)では、20年に一度、御社殿と御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)を新たにして神様にお遷りいただき、神威のより一層の高まりを願う至高の祭典「神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」が斎行されています。
第63回神宮式年遷宮では、令和15年に神様を新宮(にいみや)にお遷しする遷御(せんぎょ)が行われる予定です。令和7年5月から開始されているその諸祭儀の模様は、季刊誌『皇室』の連載「第63回神宮式年遷宮」で詳しくお伝えしています。
この連載では誌面で紹介しきれなかった令和7年6月初旬の御神木の奉迎送(ほうげいそう)をご紹介。木曽地方で伐り出された新宮ご造営のための御神木が、およそ1週間をかけ、長野、岐阜、愛知、三重の各県下で熱烈な歓迎を受けながら伊勢へと運ばれていった様子をお伝えします。

2台の御神木のトラックが合流
令和7年6月8日、愛知県津島市の津島神社で御神木の奉迎を見届けた後、筆者は御神木に先んじて木曽川、長良川(ながらがわ)、揖斐川(いびがわ)の木曽三川(さんせん)を渡り、三重県桑名市の揖斐川河川敷にある住吉浦駐車場に到着しました。この会場に、これから上松町発の御神木と中津川付知町発の御神木が合流(上図参照)し、愛知・岐阜両県から三重県への引継式が行われるのです。
揖斐川と長良川が合流する河口付近に位置するこの辺りは「住吉浦」と呼ばれ、かつての廻船の船溜まりでした。河口に臨んで鎮座する住吉神社(画面上の写真)は航海の安全を守護する神で、今宵の御神木の御滞泊先となる桑名宗社(そうしゃ)と関係のある神社です。法被(はっぴ)姿でお参りしている人たちは、この後に行われる御神木の奉曳(ほうえい)行事の参加者のようです。
住吉神社の南側には、有名な「七里の渡し(しちりのわたし)」の渡船場跡があります。七里の渡しは、かつて東海道五十三次の宮宿(みやしゅく/愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿までを渡した東海道唯一の海路で、海上七里であったためこの名があります。

渡船場跡に建つ「伊勢国一の鳥居」は、かつては東海道を跨いで建てられていたと伝わり、東国から来た旅人たちにとって、伊勢国に入る東の玄関口にあたりました。現在この鳥居は、神宮の式年遷宮ごとに、内宮(ないくう)宇治橋外側に立つ鳥居の撤下古材(てっかこざい)で建て替えられています。この宇治橋外側の鳥居は、外宮(げくう)正殿(しょうでん)の棟持柱(むなもちばしら)の古材にあたります。
さあ、そろそろ御神木が到着する時間です。引継式会場の前の道路では、御神木の奉曳に参加する人たちが隊列を組んで待っています。会場も見物の人たちでいっぱいです。午後4時半過ぎ、待ちに待った上松町発の御神木がやってきました。御神木は満場の人々の拍手で迎えられます。

その後、定刻より少し遅れて、中津川市付知町発の御神木も到着。会場は再び拍手に包まれます。木曽(長野県)と裏木曽(岐阜県)の御杣山(みそまやま)で伐り出された御神木が、数日を経て、ここ桑名の地で合流したのです。

御神木を前に、愛知、岐阜、三重、静岡の各県神社庁長や神宮の関係者、桑名市長らが参加して引継式が行われました。関係者の挨拶では、三重県神社庁長さんが「今日は70歳の誕生日」と明かすと、会場からは「おめでとう」の声と拍手が起こり、会場は和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気に。

その後、各県神社庁長3者ががっちりと握手し、鏡開きが行われて、晴れやかなムードのうちに式典は終了。その後、報道陣からマイクを向けられた岐阜県神社庁長さんは「無事に御神木を三重県に引き継ぎできてほっとしました」と話していました。大切な御神木をお預かりし、伊勢へつなぐというのは、なかなかの重責に違いありません。それは愛知県神社庁さんもきっと同じ思いでしょう。鏡開きのお神酒は御神木をお迎えした人たちにふるまわれ、筆者もありがたく頂戴しました(車は運転してません、念のため)。連日追いかけてきた御神木のトラックが2台並ぶ様子には、なんだか感慨深いものがあります。
旧東海道を奉曳
引継式が終わると、三重県神社庁が主催する「御樋代木(みひしろぎ)奉迎送行事」(御樋代木は御神木のこと)として、約500メートル離れた桑名宗社まで、御神木の奉曳が行われました。
この日は御神木を奉迎するため、特別に桑名宗社の祭礼「石取祭(いしとりまつり)」の祭車(さいしゃ)と呼ばれる山車(だし)が曳き出されています。大通りの両側にずらりと並んだその数はなんと38台! 紋付袴(もんつきはかま)姿の役員さんが「今日は前回よりも多くの町の祭車がお迎えに出ていて、気合が入っているよ」と教えてくれました。

なかでも奉曳の列の先頭に立つのが、川口町(かわぐちちょう)の祭車で、神宮を表す「太一(たいいつ/たいち)」の提灯が掲げられています。これは、川口町には先述した神宮の撤下古材の鳥居が建つ「七里の渡し」があるためで、神宮とのゆかりの深さを表しているのだそう。

奉曳が始まったのは、18時ごろ。引継式会場前から、上松町発の御神木、中津川市付知町発の御神木の順にスタートです。トラックにはそれぞれ2本の曳き綱が付けられ、総勢約1400名の曳き手が綱を曳きます。「エンヤ!」のかけ声と木遣(きやり)で、先導の神職さんを先頭にした長い列が、ゆっくりと動き出しました。

出発地点からすぐの新住吉橋を渡ると、御神木の隊列の前を川口町の祭車が先導し、隊列後方をその他の祭車が供奉(ぐぶ)します。大通りを左に折れて旧東海道に入り、七里の渡し前の曲がり角に差し掛かると、曳き綱をぐーっと脇へ引っ張るようにして曲がります。

土手の上にも大勢の見物客が陣取って、写真を撮ったり、曳き手を応援したり。御神木の奉迎送は、多くの人たちの手で運ばれ、目に触れる貴重な機会。その光景を人々の記憶に焼き付けるように、御神木はゆっくりと桑名宗社へ向かいます。
(次回に続きます)
[取材・文/中尾千穂]
第7回「愛知県津島市・津島神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100927
第6回「愛知県一宮市・真清田(ますみだ)神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100898
第5回「岐阜県岐阜市・金(こがね)神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/
第4回「愛知県犬山市・針綱(はりつな)神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100877
第3回「木曽から伊勢へ向けて出発」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100876
第2回「護山(もりやま)神社での御神木祭」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100871
第1回「上松町(あげまつまち)での『お木曳(きひき)行事』」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100628