読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第9回
令和8年3月20日
大鼓方・河村凜太郎さん
「能楽師の家に生まれて」#3


 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。そのメンバーによる本連載。京都を拠点に活躍する若手の大鼓(おおつづみ)方・河村凜太郎さんが、これまでの歩みを綴る最終回です。


月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真左)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真中央)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
⚫︎講座のお申込・開催スケジュール・詳細は↓
https://www.instagram.com/noh_once_a_month/



「能を好きになる努力」とは?

 前回書いた「能楽養成会」には、年に一度、「東西合同」という形で行われる発表会があります。私が所属していた京都養成会の生徒のほか、大阪養成会の生徒、東京の国立能楽堂研修生が合同で行う発表会です。もちろん講師の先生方も東西から集結します。

 大学入学直後に参加したその発表会で、私はある先生から「能を好きになる努力をしなさい」と言われました。この言葉が、強く心に残りました。

 私が能に嫌気がさしていることを見透かしたその言葉は、すぐには理解できないものでしたが、後から「あんなこと言われたなあ」と、何度も繰り返し頭の中で再生されました。考えてみると、不思議な言葉に思えました。「好きになる努力ってなんだろう? 努力して好きになるなんて、本当に好きなこととは違うのでは?」と思ったのです。

 しかし、逆に「果たして自分は能が嫌いなのか?」という疑問を抱くことにもなりました。そして「自分は能を毛嫌いしているだけで、能の良いところを見ないようにしてきたのかもしれない」と思ったのです。

 今では、おそらくその先生は「もっと能にきちんと向き合い、能がどういうものなのか知りなさい」という意味で言ってくださったのではないかと思います。

初めて能に真剣に取り組む

 この一言をきっかけに、私は自分の能との向き合い方を見つめ直しました。教員免許の取得という目標は変えずに持ちながらも、能にももう一度真剣に向き合おうと決め、大学の4年間は舞台と稽古に全力で取り組むようになりました。

 当時は養成会の発表会のほか、声をかけてくださる諸先生方の舞台にも出させていただいていました。迷いのある私の心の内は、みなさんお見通しだったでしょうが、期待と激励を込めて舞台をつけてくださっていたのだと思います。それは若手を育てようという能楽界のサポートであり、なにより父の存在あってのことです。冷え込んでいた父との関係も、わからないことを自分から訊くなどするうちに自然に会話が増え、徐々に改善していきました。


 上手になりたいと真剣に稽古に臨むようになったとき、一番の稽古になったのは舞台です。大鼓は音を出すのにコツが必要な楽器ですが、音が出るようになった後は、基本的には自分の稽古では道具は使わず、手拍子で稽古します。大鼓の皮は消耗品なので、無闇に使うことはできないからです。それゆえ、思い切り大鼓を打てる本番の舞台が、一番の稽古にもなるのです。

 また、囃子の打楽器は、じつは打つことよりも「かけ声」の比重が大きかったりします。「お能」と聞いて、「ヤ」「ハ」「ヨーイ」「イヤー」といった、独特の囃子のかけ声をイメージする人も多いのではないでしょうか。かけ声は舞台の進行上の合図にもなるもので、囃子方は曲の雰囲気に合わせて発声や表現を変えています。私が最も時間を割いて稽古したのも、かけ声でした。囃子は謡に合わせて演奏するため、謡の稽古にも力を入れました。自宅で大きな声を出して稽古していたので、外に聞こえていただろうと思います。よく苦情が来なかったなと思いますが、近所の方たちは「あそこは能楽師の家だから」と大目に見てくださっていたのでしょう。

 能に真剣に取り組むようになって役立ったのが、バドミントンの経験でした。前回書いたように、私は高校時代からバドミントンに熱中し、大学時代も体育会に入っていました。能に勉学に部活と、我ながらよくそんな体力があったものです……。バドミントンで体力や集中力が培われたこともありますが、強くなりたいと自分なりに研究した技術の習得のしかたが、大鼓にも応用できることに気づいたのです。

 バドミントンを通して得た知見はさまざまありますが、技術の習得に重要だと感じたことをひとつ挙げるとすると、それは「上手い人の真似をすること」です。自分とどこが違うのかを観察して比べ、あとは納得がいくまで真似をする――おそらく誰もが実践している当たり前のやり方です。しかし、それまで本気で何かに打ち込むことのなかった私にとって、この気づきはとても新鮮で大事なものでした。ただ、真似をするうえで「自分の身体」という枠組みが前提となります。バドミントンも大鼓の演奏も、身体を操作して行うものですが、身体の特徴は人によって違います。他人の動きや特徴を表面的になぞるのではなく、それらを自分の身体でどう再現していくのかが、真似るうえでのより重要な視点だと感じます。

 古典芸能は先達の芸を真似ることを脈々と続けてゆくことで、今にまで伝わっているものです。「真似る」ということは、口にしてしまうと簡単で陳腐に聞こえますが、とても大事なことだと思います。能とバドミントンでは一見なんのつながりもなさそうですが、何かに打ち込んで体得したものは、別のことにも役立つのだと、このとき学びました。


知れば知るほど面白い能の世界

 幼い頃、鳥肌を立てながら見ていた舞台の熱気。その舞台を、自分が支える一員になれるということに、私はしだいに大きな喜びを感じるようになりました。能をもっと知りたいと思い、能楽全体について学び始めたのも、この頃のことです。

『岩波講座 能・狂言』『謡曲大観(よくきょくたいかん)』はじめ、さまざまな本を読みました。子どものころから能をやってきた自分が、こんなことも知らなかったのか、と思いました。能の作者や装束のことなど、初めて知ることばかりでした。それまでの稽古は楽器を演奏する技術に関することがメインで、座学は自分でするしかなかったのです。楽屋で耳にした能楽の用語について、父に訊くこともありました。知れば知るほど、私は能の面白さと奥深さに惹かれていきました。


 こうして遠回りをしながらではありますが、様々な先生方や仲間、応援してくださるお客様に支えられながら、現在も舞台に立たせていただいております。一度はこの道を離れそうになった私を、放り出さずに見てくださった先生方や同世代の仲間への感謝を忘れず、これからも邁進していきたいと思っております。

「月イチ能楽講座」の仲間

 大学時代の私が、同年代で共演の機会も多くなったのが、現在「月イチ能楽講座」でともに活動している成田奏さんです。もう一人のメンバーである大槻裕一さんとは同じ高校の同級生で、3年間同じクラスでした。よく話もしましたが、お能の話はときどきするくらい。この連載で本人が書いているように、彼は昔から能オタクなので、能の話をしても当時の私はついていけなかったでしょう。

 そんな彼らと一緒に現在、月イチ能楽講座で皆様の前に立たせていただいておりますが、私自身、まだ修行と勉強の途中です。能は、知れば知るほど面白く、好きになります。そのことを、身をもって実感しているからこそ、多くの方に講座へお越しいただき、能の魅力に触れていただければと思っております。

 皆様の「月イチ能楽講座」へのお運びを、心よりお待ち申し上げております。


#2の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100824
#1の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100823

成⽥奏さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100769
大槻裕一さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100815
ページ上部へ移動