読みもの
小鼓方・成田奏さん「能楽師の道へ再び」#1
中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。
そのメンバーのひとり、小鼓(こつづみ)方・成田奏さんが、以前連載してくれた「お能に興味のなかった僕が、能楽師になるまで」[https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100769]の続編を綴ってくれます。

月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真中)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真左)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
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坊主頭で初出勤
17歳だった高校3年生の夏から、僕は能楽公演の「楽屋働き」兼「小鼓方後見」として、能楽師の活動を再スタートした。
高校の空手部を引退した翌週の2014年6月、能楽の世界に復帰後初めて公演へ向かった。会場は滋賀県にある大津伝統芸能会館で、演目は『班女(はんじょ)』だ(誠に恥ずかしながら記憶はなく、このたび調べた)。その日のことを振り返ってみる。

まずは荷物を置いて、奥の楽屋から挨拶に伺う。能楽の楽屋は、例外を除いてたいてい大部屋である。ちなみに昔ながらの能楽堂だと、舞台を客席から見て左側の幕に一番近い楽屋にシテ方(主役)、右側の切り戸口に近い楽屋に囃子(はやし)方が陣取ることになっている。能楽の公演というのは、出演者だけでもシテ、ワキ、アイ(狂言方)、囃子、地謡(じうたい)などの役があって、これに裏方も含めると総勢20人くらいになることも多い。
それぞれの楽屋では、能楽師たちが真剣な表情で身支度を始めている。大勢の知らないおじさんたちが「紋付(もんつき)の着物に袴」という同じコスチュームに着替えているのを前にして、頭の中で「このお人にはさっき挨拶しただろうか?」という問いがぐるぐる回る。僕の存在に気づいたおじさんたちは、心中で「どこの子?」「え、なんで坊主頭?」と思っていることだろう。なんせ先週までの僕は、丸刈りが伝統の空手部員だったのだ。
話が逸れるが、復帰して大変だったのは、能楽師の名前を覚えることだ。能楽師の父と叔父がいてこんなことをいうのもナンだが、兄弟能楽師はお顔が似ている。どちらが兄で弟なのか、じつのところ最近まで分からなかったお方も……すみませんでした、この場を借りてお詫びします。とにかく、話しかけてくださった先輩から少しずつ名前を覚えていった。父と親しい方や、幼き〝ちゃらんぽらん・奏〟時代に親しくしていただいた先輩がいると、少し安心した。
自分も楽屋で数年ぶりに黒紋付の着物を着て袴をつけた。この日は楽屋に父の他に、叔父で大鼓(おおつづみ)方石井流の谷口正壽(たにぐちまさとし/芸名)がいて、二人して僕の紋付姿をニヤニヤしながら見てきた。そんな叔父も、毎年元旦に家族同士で集まるときの叔父とはどこか違う、職人のような雰囲気を漂わせている。「写真撮ったろ」とは、叔父が言った気がする。それが上の写真。今見ると、帯がずいぶん上のほうにあるし、着慣れてないのが丸わかりだ。

楽屋での「働き」の役目とは?
「楽屋働き」というのは、楽屋で師匠のお茶出しや片づけ、お使いなどをする弟子や後輩の役目で、単に「働き」ともいう。小鼓方の場合、楽屋働きがいる場合は、舞台上で「後見(こうけん)」の役も兼ねるので、「働き後見」と呼ばれる(後見については次回で説明する)。このへんの事情や役目は、シテ方とはかなり違うし、小鼓方と他の囃子方とでも若干違いがある。
通常の囃子方の衣裳は、五つ紋のついた着物&袴の「紋付」で、着付けが簡単なので本人が自分で着る。本番後に脱いだ着物や袴を畳むのは「働き」の役目だ。本番前、囃子方の楽屋では、それぞれが自分の「道具」(小鼓方なら小鼓のこと)を組み立てたり、調整したりと準備に余念がない。小鼓方の場合、道具を触るのは本人だけ。でも、大鼓と太鼓は皮を締めるのに力がいるから、これは若い「働き」の役目だったりする。
そんなこんなで、本番前の楽屋での時間は過ぎていく。楽屋の雰囲気は、上演する曲や囃子方の面々によって、けっこう違う。張り詰めた空気のこともあれば、和やかな雰囲気のこともある。『道成寺』や『姨捨(おばすて)』といった重い曲のときは、楽屋にもただならぬ緊張感が漂って、「照明が暗くなったか?」と思ったことさえあるほどだ。

(次回に続きます)
成⽥奏さんの以前の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100769
大槻裕一さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100815
河村凜太郎さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100823