読みもの

お能の扉、開けといたよ

presented by 月イチ能楽講座 第11回
令和8年4月10日
小鼓方・成田奏さん
「能楽師の道へ再び」#2


 中世にさかのぼる伝統芸能である「お能」は、知れば知るほど面白く、人をひきつけて離さない魅力があります。でも、古い時代の言葉づかいや、ゆっくりした抽象的な動きなど、予備知識なしでは難しく感じてしまうことも。
 そんなお能の世界の扉をぐぐっと開いてくれるのが「月イチ能楽講座」です。関西の若手能楽師のホープたちによる、軽妙なトークに迫力ある実演を交えての解説は「わかりやすい!」「楽しい!」と評判。そのメンバーのひとり、小鼓(こつづみ)方・成田奏さんが、前回に続き、一度離れた能楽師の道を再び踏み出した当時を振り返ります。


月イチ能楽講座
東京・大阪・京都で毎月開催、毎回お能の1つの曲(演目)を題材に、能楽師シテ方の大槻裕一(おおつき・ゆういち/写真右)、小鼓方の成田奏(なりた・そう/写真中)、大鼓方の河村凜太郎(かわむら・りんたろう/写真左)が、若いエネルギーとみなぎる情熱、関西ノリの話芸とキレのある技で、たっぷり解説。オモシロ企画満載のインスタグラムも必見。
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舞台では「後見」として控える

 能楽の舞台には「後見」という役がある。シテ方の後見は舞台上ではたいてい客席から見て舞台後座(あとざ)左隅に座る。囃子方の後見は、それぞれの囃子方の後ろに座る。演者に何事か起こった場合に備えて、一番近くに目立たないように控えているのだ。万が一、演者が舞台を勤められなくなったときには、後見が代役を務めることになっている。とはいっても、ほとんどアクシデントは起こらないので、小鼓方の後見の場合は、ただただ目の前の床几(しょうぎ)に腰かけて演奏する小鼓方の袴を見ていることになる。小鼓方のすぐ横ではやはり床几に腰かけた大鼓方が演奏していて、その間から舞台の様子がなんとなくは見える。

 僕が初めて後見を勤めた『班女』は一時間超の演目だが、能の曲としては長いほうではない。しかし、空手で鍛えた〝ムキムキムッキッキー〟な筋肉質の脚での正座は、なかなかなもの。決して行儀よく勤められてはいなかったはず。最初の1~2年は慣れないうえ、筋肉のおかげで正座が辛かった。最長で3時間半座りっぱなしだったこともある。

 そんなこんなで公演は終わり、帰る前に諸先輩方にご挨拶。先輩方は柔らかい表情で応じてくださり、温かい空気のなか帰路に着いたのだった。

能の世界に惹き込まれる

 高校3年生の夏休みに普通免許を取得して以降、僕は高校へ通いながら、毎週末、父の運転手兼「働き後見」として公演に同行するようになっていた。こうして能楽師見習いとして活動していた頃、能に対する思いが変わる出来事があった。

 それは、11月のある日の昼、徳島県美馬(みま)市の安楽寺(あんらくじ)にて催された『美馬能』でのこと。この時の演目も『班女』であったことは、たまたまなのだろうか……。安楽寺御堂内の能舞台は、いつもの能楽堂と違い、明かりも大きさも控えめで、後見の僕は小鼓方の後ろにピッタリとついた。大鼓方と小鼓方の距離が近いため、いつもなら隙間から見える舞台がほとんど見えない。目の前に父の袴の細い縦縞が迫り、目がチカチカしてくる。


 そんななか、後シテ(前後二場に分かれた演目の後半のシテ役)の一声(イッセイ/登場の囃子)が始まり、少し空気が変わったような気配。御堂内のため、謡の声が広がりすぎず、演者の姿は見えないが、近くに響いて聞こえている。「おー、これが風情とか雅(みやび)やかとかいうやつか……」などと思っていると、さらに地謡(シテ方6~8人による謡の合唱)の重厚な響きが押し寄せ、舞台上の空気が揺れる。「なんか感動してるかも!?」舞台にいながら、このとき僕は能の世界に惹き込まれていた。

 この感動の正体はなんだったのか。見えていないから、目に映る美しさのためではない。『班女』の謡は自分も稽古していたから、耳に親しんだ謡が聞こえたこともあるだろう。でも、それだけではなかった。地謡は素晴らしく、その音圧がとても印象深く記憶に残っている。あの空間と、謡と囃子、演者から発せられる〝気〟に加えて、受け取るこちらの姿勢が噛み合ったのだろうか。当時の自分は後見の役に慣れてきて、余計なことを考えずに舞台に入り込むことができたような気がする。

 何に感動したのか分からないまま、ハンドルを握り、昂る気持ちをアクセルに預け(法定速度を遵守しつつ)、帰路につく。この日から、僕にとって能は「まだまだ得体の知れない、興味を惹かれるもの」になった。

(次回に続きます)

#1の記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/manage/information/detail/100852

大槻裕一さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100815
河村凜太郎さんの記事は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/yomimono/detail/100823
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