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お伊勢さまの御神木がやってきた!

連載 最終回 伊勢に到着<外宮(げくう)編>
令和8年8月27日


 伊勢神宮(正式名称は神宮)では、20年に一度、御社殿と御装束神宝(おんしょうぞくしんぽう)を新たにして、神様にお遷りいただく祭典「神宮式年遷宮(じんぐうしきねんせんぐう)」が斎行されています。
 第63回神宮式年遷宮では、令和15年に神様を新宮(にいみや)にお遷しする遷御(せんぎょ)が行われる予定です。令和7年5月から開始されているその諸祭儀の模様は、季刊誌『皇室』の連載「第63回神宮式年遷宮」で詳しくお伝えしています。
 この連載では誌面で紹介しきれなかった令和7年6月初旬の御神木の奉迎送(ほうげいそう)をご紹介。木曽地方で伐り出された新宮ご造営のための御神木が、およそ1週間をかけ、長野、岐阜、愛知、三重の各県下で熱烈な歓迎を受けながら伊勢へと運ばれていった様子をお伝えします。



度会橋(わたらいばし)にご到着

 前回お伝えしたとおり、内宮の御神木は令和7年6月9日に伊勢に到着、宮域に奉安されました。この日、外宮の御神木は津市・三重縣護國神社にご宿泊。翌朝、伊勢へ向けて出発しました。

 6月10日午前、その到着を見届けるべく筆者が向かったのは、伊勢市内の宮川にかかる度会橋です。昨日に続いての雨模様ですが、度会橋の上には「祝 御樋代木」の幟(のぼり)を手にした人たちが集まっていました。おさらいすると、御樋代木(みひしろぎ)とは御神木の正式名称で、御神体をお納めする御器(みうつわ)である「御樋代」を奉製する御料木(ごりょうぼく)のことです。


 かつて御杣山(みそまやま)で伐り出された御用材は、木曽川を流送し、海路で伊勢の大湊(おおみなと)にあった神宮の貯木場に運ばれました。そこから外宮の御料は宮川を遡り、この度会橋付近で水揚げされた後、御木曳車(おきひきぐるま)に載せて宮域に曳き入れられました。地元の方に話を聞くと、度会橋の東の上流側の川岸を指さして「昔あの辺りに『どんでん場』があって、そこから御用材を引き揚げたんだ。どうしてそんな名前かって? どんでん、と御用材を揺らして水を振り切ったからだと聞いているよ」と教えてくれました。


 大勢の人たちと一緒に橋の上で待っていると、向こうから赤いトラックがやってきました。御神木を載せて岐阜県中津川市付知町からやってきた、あのトラックです。みんなで日の丸の小旗を振って御神木をお迎えします。

 橋を渡り終えたトラックは、東詰の駐車場に設けられた御神木引継式の会場へ。集まった人たちから拍手と歓声があがります。御神木を前に威勢のよい木遣(きやり)が披露され(画面上の写真)、会場はおめでたい雰囲気に包まれました。


 その後、トラックに載せられた3本の御神木のうち、一番上の1本がクレーン車で奉曳車(ほうえいしゃ)に積み替えられました。こちらは裏木曽御用材伐採式で奉伐された予備の御樋代木だそう。

 引継式には、御杣山のある木曽・裏木曽の関係者も来場しています。三重県神社庁長、奉賛会長、神宮禰宜(ねぎ)より挨拶があり、「木曽や裏木曽の方々は、大事な娘を嫁にやるような気持ちで御神木を送り出すと聞いています」との言葉もありました。それほどに大事な御神木が伊勢へ無事に到着したとあって、関係者のみなさんは万感の思いでしょう。万歳三唱の声にも熱がこもっていたように感じられました。

伝統の「荷締め」の技

 式典が終わると、続いて行われる御樋代木奉曳式のため、奉曳車に御神木を固定する「荷締め」の作業に移ります。大切な御神木を傷つけないよう安全に、見た目も美しく固定する大事な作業で、その技術や作法は外宮のお膝元に住まう旧神領民(しんりょうみん)に代々伝えられています。御神木に掛け回した縄を「ヨイヨイヨイ」のかけ声で少しずつ締めていくなど、独特の作法で手際よく作業が進められていきます。こうした荷締めのやり方は、旧外宮領の各町によって少しずつ違いがあるそうです。


 外宮の御樋代木奉曳式では、御樋代木(御神木)を陸曳(おかびき)で外宮の宮域へ曳き入れます。そろいの法被(はっぴ)姿の旧神領民たちが、降り続く雨をものともせず、「エンヤ!エンヤ!」のかけ声で、御樋代木を載せた奉曳車の綱を曳きます。奉曳車が進み始めると、「ブォ〜」という法螺貝(ほらがい)のような大きな音がします。これは車輪が回る際に出る音で「ワン鳴り」と呼ばれます。ワン鳴りを町々に響かせながら、御樋代木は外宮・北御門口(きたみかどぐち)を目指して進んでいきます。

神域にワン鳴りが轟(とどろ)く

 筆者が先回りして外宮の北御門口へ向かうと、トラックで先行していた2本の御樋代木が、それぞれ奉曳車に載せられて並んでいました。やがて市街地を陸曳されてきた御樋代木が、北御門口に到着。3台の奉曳車がそろいました。奉曳車のうち、先行していた一番車と二番車は白丁(はくちょう)と呼ばれる白装束に身を包んだ神宮式年造営庁職員、さきほど到着した三番車は旧神領民たちにより、神域を曳かれていきます。神域ではかけ声はかけずに無言で曳きますが、辺りに轟く「ブォ〜」というワン鳴りは健在。奉曳車は順次、五丈殿(ごじょうでん)前へ進みます。


 その後、五丈殿前で御樋代木を奉曳車から下ろすのですが、驚くことに、その作業は人力のみで行われます。でも考えてみれば、神宮の式年遷宮は重機などない時代から行われているのですから、当然といえば当然です。御樋代木に回しかけた綱を人々が握り、綱を少しずつゆるめながら、木材を並べたレールづたいにそーっと下ろしていきます。初めて目の当たりにした筆者は少しハラハラしましたが、このような技が遷宮の行事のなかで伝えられていることに感服した場面でもありました。



 奉曳車から下ろされた御樋代木は、梃子(てこ)で転がされ、五丈殿に納められます。3本の御樋代木が無事に奉安されると、御樋代木奉曳式は終了したのでした。

 かくして、木曽地方の御杣山で伐り出されてから、伊勢の神宮へ納められるまでの御神木の旅が終わりました。御神木を追いかけてきた、長いようでもあり、短いようでもあった約1週間。振り返ってみれば、いつも御神木の周囲には、芳香が漂い、人々の熱情と歓喜が満ちていました。

(終わり)

[取材・文/中尾千穂]


第10回「伊勢に到着<内宮(ないくう)編>」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100938
第9回「三重県桑名市・桑名宗社(くわなそうしゃ)」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100928
第8回「三重県桑名市・引継式(ひきつぎしき)」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100930
第7回「愛知県津島市・津島神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100927
第6回「愛知県一宮市・真清田(ますみだ)神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100898
第5回「岐阜県岐阜市・金(こがね)神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100897
第4回「愛知県犬山市・針綱(はりつな)神社」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100877
第3回「木曽から伊勢へ向けて出発」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100876
第2回「護山(もりやま)神社での御神木祭」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100871
第1回「上松町(あげまつまち)での『お木曳(きひき)行事』」は↓
https://www.nihonbunka.or.jp/column/koushitsu/detail/100628

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