
■連載[第42回]
新しい「今」を生きるために その3
●父娘の再会
その千春と千恵子の父娘が再会を果たしたのは、佐藤さんが大学を卒業し、社会人になって数年が経った昭和50年(1975)のことだった。
その3年前の昭和47年(1972)に、当時の田中角栄首相の訪中により日中国交正常化が実現した。そして、昭和53年(1978)に日中平和友好条約が締結され、残留孤児の訪日調査が昭和56年(1981)以降に本格化した。それに先立ち、突然、国から千春に「里帰り」の通知が来て、千恵子は昭和50年に半年間の一時帰国を果たしたのだという。おそらく身元が分かっていたことから帰国がしやすくなったのだろう。
しかし、その時には、千春は脳梗塞で倒れ、半身不随となって自宅でほぼ寝たきりの生活を送っていた。再会を果たすと、ただ「あー、あー」と、言葉にならない声を繰り返すばかりだった。父親にどんな思いが去来していたのかは分からない。
傍らには母親のみのりもいた。姉たちのほとんどは嫁いでいたが、一番下の姉はいた。その姉も、母親のわだかまりと日々の苦労を知っているからか、ただ見守るしかなかった。一方、千恵子も辛い立場である。千恵子は実母の家も訪問する。今までの計り知れない苦労を考えると、佐藤さんも、ただそこにいることしかできなかったという。
千恵子が、中国人の夫と別れ、子供を連れて帰国、永住したのはそれから5年ほど後のことだった。しかし、その時には、父親である千春は既に亡くなっていた。関東圏に住むようになった千恵子は4~5人の娘・息子や孫まで連れて、千春の墓参りに、山形まで度々やってきた。その彼女も3年程前に亡くなった。それまでは賀状のやり取りなど何らかのつながりはあったが、以来、付き合いはほぼなくなった。

●母の微妙な立場
佐藤さんは言う。
「満州・シベリアのことは、幼少の時から聞いていました。しかし、父は本当に辛い経験は話しませんでした。母も、父を気遣ってか、そのことにはあまり触れたがりませんでした。
私としては、学校で教わる以上のことは、本で調べるしかありません。しかし、中学・高校生までは、そんな時間もカネもありませんでした。
ラーゲリ(収容所)の実態はどんなものだったのか、満州での日本人の生活とは、また、残留孤児とはどんな存在だったのか、ずっと本を読み、頭を整理してきました。そして、最後に調べることになったのが硫黄島とは何だったのか、ということだったんです」
ここで、佐藤さんの人生を振り返ってみたい。その前に、佐藤さんが生まれる前の環境を整理する(系図2参照)。

父・千春と母・みのりが結婚したのが昭和23年(1948)3月のことだ。この時、長女・富子は17歳、次女・正子は14歳、三女・陽子は10歳、四女・幾子は7歳、五女・里子は3歳だった。そして、同年に六女・道子が生まれた。
また、この時点で、佐藤家の家督は、長女の富子が持っていた。父である政助が終戦の年(昭和20年)の2月に亡くなり、家督を継ぐはずだった正も硫黄島で戦死したため、直系である長女の富子が相続することになったようである。戸籍にはそう書かれていた。旧民法下、家の中で強い権力を持っていた家長は長女の富子になっていたのだ。
旧民法は昭和22年(1947)に改正されたものの、政助の後妻で、戦後すぐに一家を一人で支えていたみのりには、佐藤家の財産を自由に差配する権利は持たされなかったのである。後に、みのりと千春が持つようになり、実際には、千春が管理していたが、それまでは気持ちの問題として、みのりには釈然としないものがあったようだ。
というのも、佐藤家は、小規模ではあったが地主でもあった。商売の取り引きの未回収分を土地の権利で得ることもあったからだ。経営上、そういった土地などを適当に処分してやりくりしてきていた。登記の問題は、経営や家計に直結することだったのである。後に佐藤さんは、姉たちが結婚する際のことを、母親からこう聞いた。「山の木を100本伐らないと、嫁に出せなかった」と。さらには、みのりが50歳の頃には、夫の千春は倒れてしまう。再び、みのりの双肩に経営のすべてがかかるようになってしまうのだ。
「母が家を仕切っているのに、その裏付けはなかったんですよね」
(続きは5月12掲載予定)取材・文/伊豆野 誠
硫黄島記事一覧
-
- 第1回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年7月23日
- 第2回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年7月29日
- 第3回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年8月5日
- 第4回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年8月12日
- 第5回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年8月19日
- 第6回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年8月26日
- 第7回
-
孫世代の遺族たちのそれぞれの思い令和7年9月2日