
■連載[第52回]
風の音 その1
植木恒燿(こうよう)さん(平成8年生まれ、戦没者・曾祖父)の場合
●石と小瓶
植木恒燿さん(27歳)にお会いしたのは令和6年の硫黄島訪島事業においてだった(年齢は当時。以下同)。この年の訪島事業は20代の参加が5人にも上り、その中のお一人が植木さんだった。温厚な雰囲気のなかにも、しっかりとした眼差しが目を引く青年だった。
植木さんは曾祖父を硫黄島で亡くした。母方の櫻井政太郎(まさたろう)だ。享年38だった。
子供の頃、母親の実家にはよく連れて行かれた。祖父母にとっては、植木さんは初孫で、可愛くて仕方がなかったらしい。そんな折、曾祖父が硫黄島で亡くなったことを、よく聞かされていた。
その母親の実家での出来事で、今も印象に残っていることがある。それは、お盆の時に、仏壇に古びた小瓶や石が飾られることだった。それが硫黄島の石であり、小瓶の中には同島で採られた海水などが入っていると聞かされたが、どこか仏壇にはそぐわないと子供心に思った。遺骨の代わりであることを理解するまでには時間がかかったのだ。
以来、「硫黄島への意識はいつもどこかにありました」と植木さんは言う。
大学生の時にはJYMA(日本青年遺骨収集団)に応募しようとも思った。しかし、公認会計士を目指して勉強しており断念した。遺骨収集だと、2~3週間の日程の確保が必要になるからだ。社会人になり、少し余裕も出てきて、この渡島事業のことを知り応募したのである。

●祖父の涙
しかし、考えてみると曾祖父自身のことは何も知らなかった。祖父にしても、曾祖父が出征していった時には、まだ母親のお腹の中にいた。曾祖父と身近だった多くの親族も亡くなり記憶は風化していた。ただ硫黄島で亡くなったということしか分からないようになっていた。陸軍か海軍だったのかも今では分からない。渡島が決まり、改めて調べてみようと思った。
合祀されている靖國神社に聞いてみれば何か分かるかと思ったが、知っている以上のことは分からなかった。代わりに、神社内にある靖國偕行(かいこう)文庫を案内された。当時の調査資料を整備した図書館である。何度も足を運んだ。丁寧に対応してもらい、そのうち、『硫黄島陸戦隊 在硫黄島海軍部隊はいかに戦ったか』(菅谷/すがや雅彦著)という書籍を紹介された。
自費出版だったので在庫があるかどうか著者に問い合わせると、曾祖父について調べてくれた。曾祖父は兵隊としてではなく、徴用工員として召集された軍属だった。海軍の「204設営隊」に所属し、最終的には「工長」になっていた。硫黄島からの生還者によって組織された硫黄島協会の戦没者名簿などから調べてもらったようだ。設営隊とは基地施設の建設などを担当した部隊で、飛行場などの整備・補修などに従事した。そのため、渡島した時には、特に飛行場周辺での慰霊を勧められた。
その事実を、硫黄島に行けることになったことと併せて、祖父に話した。すると、祖父の目には涙が溢れた。「本当にありがとう」と声を詰まらせるその姿に少なからず驚いた。
同時に、厚生労働省に「兵籍簿」などの照会の申請をし、曾祖父に関して親族からの「ヒアリング」も始めた。すると、祖父が「忘れていたけど、思い出した」と言って話し出したことがあった。
それは、曾祖父が戦地に旅立つ前、横須賀の基地に親しい者たちが面会に行った時の話だった。曾祖父の妻(曾祖母)は出産を間近にして、行くことが出来ず、夫の大好物だったまんじゅうを託していた。それを受け取った曾祖父は、その場ですぐに口にし、妻に会いたい気持ちを「来れねぇよなぁ」という言葉にして、泣きながら別れていったという。
硫黄島には、祖父に頼まれて、祖父母の写真を持ってきた。自らの父である曾祖父にそれを見せ、「元気にしてるよ」と言って欲しいということだった。祖父母にも渡島を誘ったが、80歳と79歳という年齢を考え断念したのだという。
当日は快晴だった。はるか沖合いに北硫黄島と南硫黄島も見渡せた。祖父母の写真を胸にして、過酷な戦時下とは異なるにせよ、曾祖父も見たであろう景色に思いは募った。
(続きは7月28日掲載予定)取材・文/伊豆野 誠
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